小池光の短歌―ユーモア(16/26)
◆主体のとり方(体の部分、人間以外)2/2
生まれてよりつひに笑はぬまま終る東土竜(あづまもぐら)の完全なるいのち
『思川の岸辺』
たくさんの糞出でて興奮をしたる猫叫びながらに家内(やうち)すつ飛ぶ
引つ掻かれ血だらけとなりしわが指は明日の朝にはなほらねばならぬ
しづかにしわれの居るときかたはらにこの世の猫はひとつこゑ挙ぐ
避けがたき運命として掃除機は妻の鏡台に近づきにけり
眼前に落ちて来たりし青柿はひとたび撥ねてふたたび撥ねず
ところてんひとたび食ひてふたたびは食はずに来たり五十余年を
わがからだばらばらになるくらゐまでいきどほりして夜を迎ふる
駅頭に年賀はがきを売るこゑのときに悲愴味を帯ぶることあり
『梨の花』
若き日は猫にもありてあたへたる木天蓼(またたび)のこなにわれをうしなふ
いつしかに耳の穴よりふはふはと毛が生えてきてお盆もまぢか
ムササビと会ひしモモンガ帽子とりごきげんいかがと言ひにけらずや
垂れながらこの日も高圧電線は新興墓地の上空わたる
蹄鉄師といふ職種あり馬の足とみればすなはち蹄鉄を打つ
しあはせな「いちご大福」の看板もバスの中よりわが眼はとらふ
いただきし鱧(はも)鍋セット火にかけて食のたのしみは今宵は来(きた)る
トンネルに出口あることうたがはず時速二百キロ「はやぶさ」突つ込む
雨の日にも遊びせむとや鴉一羽線路の石をくはへて放る
生活はここにもありて交番の裏口に立つガスボンベあはれ