わが歌集・平成二十九年「振り子打法」
イチローを追ふ(二) 七首
打ち方の指導拒否して達成す最多安打と最高打率
イチローもふるへあがりし大震災 野球のできる喜び語る
酒のませMLBへ行きたいと仰木監督を説得したり
イチローを追ふ(三) 七首
新しきユニフォーム着て一回転笑つて見せし背番号51
ホームラン性の飛球をつかみとるスパイダーマン・キャッチと言ふは
シスラーの記録越ゆるかエイミーさんICHI-METERをはじめて掲ぐ
シスラーの娘はすでにおばあさんイチローの快挙に立ちて拍手す
シスラーの娘と孫にかけ寄りてシアトルまでの旅に謝したり
ケン・グリフィーJrを兄と慕ひけり試合のたびにくすぐられても
終(つひ)の待合室 八首
人間の寿命限界 百二十五歳となせり統計学は
月一回内科にかよひ血圧とコレステロールの診断、処方
晩酌の芋焼酎は血圧に関係するか 医師は気にせず
死刑囚の刑の執行知らせたりドラマ見てゐるテレビ画面に
週刊誌手もち無沙汰の手にとりて待合室に読むスキャンダル
隣には見ず知らずのお婆さん「あんたはどこが悪いの」と訊く
わが友が舌癌の末に入りにける終(つひ)の待合室のホスピス
新聞になみだ落ちたり 老衰の妻を介護のすゑの心中(しんぢゆう)
イチローを追ふ(四) 七首
観客の少なきセーフコフィールドは「イチロー・スズキ!」に少しざわつく
三割をきりし打率のイチローに厳しかりけり地元新聞
うたたねをしつつ見てゐるテレビにはイチロー立ちて三振したり
二百本安打の呪縛解かれしと明るく話すイチローなれど
ピッチャーにバット立てたるイチローの髭面になしかつての自信
MLB十一年目の大不調 「野球が全然おもしろくない」
イチローを追ふ(五) 七首
イチローのピンストライプのユニフォーム黒田とともにグランドにあり
ヤンキースのイチローとして立つ打席 セーフコフィールドに拍手充ちたり
ICHI-METERは日米通算のヒット数あらたに示すライトスタンド
ディッキーのナックルボールをヒットして四千本を達成したり
日本のサラリーマンは安堵して仕事に出向く朝八時半
イチローは二塁ベースに帽子とり大歓声にあいさつ返す
折に触れて
窓開けてメールとニュースに目を通し何もなければ窓閉ぢて寝る
ザリガニの見上ぐる水面老人と孫の顔あり水底のぞく
まくなぎの阿鼻叫喚をふり払ひ駈け出だしたり夕映えの道
アオサギに生まれし命ながらへて町川の辺にカエルなど獲る
豚小屋の地面を跳びて近づけり眠れるブタに血吸ひ蝙蝠
足元に鳩の寄り来て見上げたり何もやらねば隣へうつる
根方から八重黒龍に巻き付きて何をささやく絞め殺しの木は
イチローを追ふ(六) 七首
四番目の外野手としてイチローは代打に立ちてヒット打ちたり
イチローの二千九百三本目十二対一の一に寄与せし
レフトからレーザービームのストライク本塁走者をアウトにしたり
春寒の歯医者の椅子に口開けて歯を削らるる音に耐へたり
聡(さう)ちやんも将棋ソフトに取り組んで桂馬を使ふ技おぼえたり
イチローを追ふ(七) 七首
イチローの五打席四安打一四球語り継がるるゲームとなりぬ
自動車のデトロイトに来て四安打 三千本まであと十二本
ヒット打ち一塁に来しイチローの肩を抱きけりカブレーラの腕
二千九百九十本目のヒット球ボンズ・コーチが手渡しにけり
イチローに来しこと告ぐるエイミーさん 「AREA 51」の看板かかげ
一塁へ駈け行く三・七秒は五年前より早しと言へり
あと二本マッティングリーはイチローの先発予告を決断したり
AIの世紀 七首
名人のとらざる一手に勝機ありPONANZAの手に頭かかへる
PONANZAの将棋指す手に頭を下ぐる二度目も負けし佐藤天彦
AIの打つ手をまなぶ棋士たちが王座を競ふ時代来たれり
「天才のそうちゃん」と呼びひふみんが中学生の棋譜を読み解く
四半世紀の昔となりぬわが著書の『人工知能コンピュータ』は
相場師に株取引の出番なし 利益をかせぐAIトレーダー
そのうちに俳句短歌をAIがつくる日もくる楽しからずや
イチローを追ふ(八) 七首
先発はレフトで三番 四打席めぐれどヒット無しに終りぬ
三塁にツーバウンドヒットMLB2999安打となせり
四打席目に放ちたる球音に「行った」と叫ぶ新井、大島
走攻守むかしと変はらぬイチローも帽子をとれば頭髪白き
サングラスかけたる頬に流るるは汗か涙かベンチの席に
選球は眼でなく体がなすとして「選球体」とイチローは言ふ
イチローを追ふ(九) 七首
イチローを神のごとしと讃へしが海に逝きたりフェルナンデスは
「四番目の外野手」と言ふインタビュー マッティングリーはまた強調す
四番目の外野手でよし五十歳までのプレイを目標として
メジャーキャリア十七年目にイチローの三千安打の表彰はあり
イチローは記念試合にホームランふくめ二安打うれしかりけり
イチローの満面の笑みを映したりダグアウトの手摺りの上に
結婚式に参列 七首
高らかにトランペット吹く祭壇の青年に見とれ新婦を忘る
イギリスの牧師なるらむ新婚の宣誓告ぐるQueenn’s Ennglish
オルガンに合せてうたふ讃美歌をもの珍しくわれは聞くなり
放ちたる風船あまた教会の空に飛び立ちかなたに消えぬ
わが好みすぐに覚えて大吟醸次々運ぶメイドうれしき
披露宴終りに近く祖母などの古き写真を見せて泣かしむ
イチローを追ふ(十) 七首
五点差の九回二死にイチローを代打におくるマッティングリーは
声援に迎へられたるイチローの代打三振ブーイング無し
代打待つ日々が続けば疲れると四十三歳のイチローは云ふ
イチローのバットもらって三安打 細く軽きをオスーナは知る
ノーヒットなれどセンター・イチローの華麗なる守備歳を感ぜず
安打して一塁に出でしイチローがけん制アウト俯きもどる
ひさびさに一安打せしイチローにわが晩酌の盃を上げたり