天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

わが歌集・平成二十八年「スーパームーン」

     備忘録   八首

  電柱にしがみつきたる人のあり助けもとむる洪水の町

  母と娘(こ)と共に参加のボランティア洪水あとの家をたづねて

  道の辺に玉ねぎひとつころがりて人待ち顔につややかなりき

  ベランダにカメラかまへて息ころしスーパームーンのかがやきを撮る

  マイクもち「イガーイガイガ」おばさんは釣れたばかりの烏賊売りにゆく

  正座せる柴犬のひもを手にもちて老婆はしきり話しかけをり

  数ふればダイサギ一羽コサギ四羽追ひかくるあり佇めるあり

  鳶の舞ふ青き空よりもみぢ降る小栗判官眼洗之池

 

     山下清さんを訪ふ(四)   七首

  下駄はけば下駄が減るからもつたいない裸足で歩き仕事を探す

  寝る場所は駅・バス停の待合所、寺の入口、神社の入口

  ひなたぼこしながら縫ひ物してゐると暖かくつていい気持です

  田舎では線路を歩くこともある暗くて淋しいトンネルの中

  ご飯だけあると言つたらその家はおかずにくれた烏賊の塩辛

  乞食して貯めたお金で絵本買ふ駅で休んでゐる時に見る

  交番に近づかぬやう巡査には見つからぬやう気づかひ歩く

 

     山下清さんを訪ふ(五)   七首

  警察でおれのぼうず頭から「どこの刑務所を出た」と問はれた

  にぎやかな町でご飯はもらへない少し遠くの方まで歩く

  汽車道を次の駅まで歩いたら螢が五、六匹とぶのが見えた

  はうばうでもらつた金をためてからシャツとズボンと帽子を買つた

  横川と軽井沢の間にはトンネルが多くおもしろかつた 

  穴(けつ)出して寝てゐる人は珍しいしばし見てゐた海岸通り 

  絵を一枚描いてくれれば昼飯をやるからと言はれ花の絵を描く 

 

     折に触れて   七首

  猫好きのニュートンが発明せしといふ蓋つきの穴猫の出入りす

  受信せし0・2秒の重力波十三億年前のさざ波

  数式と観測結果が一致せりアインシュタインの永久(とは)の安息

  腐食せしガス弾の穴に棲むアナゴDNAと皮膚に傷もつ

  使はれずなりしあまたの旅客機がモハビ砂漠に翼よこたふ 

  耕して地中の生きもの出でくればトラクターを追ふアマサギのむれ 

  東海道 京に向かひて見附にはひだり松の木みぎ楓の木

 

    山下清さんを訪ふ(六)   七首

  義ちやんが敬礼の違ひをして見せる大将、少尉、一等兵の  

  空襲の夜は高射砲の音がして花火をあげてゐるやうだつた 

  玄米の御飯を食べる兵たちと白米食べる一人の大佐   

  一本の鉄の足つく軍人が夜中の道をがつちやんがつちやん  

  日本の国は小さいが戦争に負けないといふ やまと魂   

  区役所の兵役検査で生れつき頭が悪いと訴へてみた  

  「不合格」と中佐に言はれその意味を確かめてゐる兵役検査 

 

     花のなみだ   七首

  小田原城開花と聞きて来て見ればうすくれなゐの莟雲なす

  咲き初めし桜根方にシート敷き酒酌み交す倭人といふは

  苔むせる石が処刑の場所といふ花のなみだの葛原が岡

  円覚寺北鎌倉の駅の間のさくら懐かし昭和の映画

  蒔田から弘明寺までを川沿ひに花のさかりの並木見てゆく

  青白き川の流れの両岸に枝さし伸ぶる染井吉野は 

  一日を花に狂ひて疲れたり夕餉にと買ふトロの鯖寿司

 

     里山をゆけば   七首

  「青の会」十人あまりがつれ立ちて歌を詠まむと里山をゆく 

  なめらかなこゑを競ひて蛙鳴く鶯も啼くこの里山

  古民家のかまどの煙もれ出でて空にゆらめく大鯉のぼり

  田起しの済みし田んぼを下に見て鴉呼び合ふ朝日の谷戸に 

  皮ごろも育ちざかりの竹の子が一枚二枚とぬぎ捨ててゆく 

  今ははや医科大学の准教授この紫雲英(げんげ)田を這ひまはりし子は

  買物に里山みちを越えゆけり五十年まへ身重の妻は 

 

     山下清さんを訪ふ(七)   七首

  きんたまを人に見せたら警察で手錠かけられ病院に行く

  病院の牢屋の中でつらいのは腹が減ること退屈なこと 

  おとなしくしてさへゐれば牢屋から出すと言はれて我慢してゐる 

  広島は島かと親にたづねてる隣の牢屋の若い男が

  「食べろし」は「食べなさい」といふ山梨の方言だつたおもしろかつた 

  病院を裸で逃げてかけて行く子供四、五人追ひかけてくる

  方々の家でもらつた小銭ため電車に乗つて家に帰つた 

 

     虹の里と湯ヶ島   七首

  頼朝が遠流になりし伊豆の国蛭ヶ小島へ案内板立つ

  しやうぶ田を囲む電線あらはなり虹の郷には猪(しし)出づるらし

  右手には風早峠バスに行く湯ヶ島温泉ほたる飛ぶ里 

  浄蓮の滝よりきたる濃みどりの水の流れを眼下にしたり

  樹齢千二百年の巨木といふ伐りてくり抜き湯船となせり

  湯ヶ島の巨木巨石の露天風呂夫婦わかれて浸りけるかも

  狩野川の鮎解禁の日に遇ひて小ぶりの鮎の塩焼きを食ぶ 

 

     山下清さんを訪ふ(八・完)   七首

  警察のよび隊祝ふ花火ありまた戦争が始るのか問ふ 

  夕飯をもらつて花火を見に行つた見る場所きめて腰をおろした

  火でできてゐる花だから花火と言ふ大きくひらき小さくひらき

  大輪の花火七つを見上げたる大観衆を貼絵の中に

  江戸川に両国、長岡、富田林 貼絵になりし花火の記憶

  長岡の花火の貼絵が清さんの代表作のひとつとなりぬ 

  終焉の夕食時に呟きぬ「ことしの花火は、どこに行こうか」

 

     イチローを追ふ(一)   七首

  吒枳尼天(だきにてん)・豊川稲荷イチローの祈願見てより追ひはじめたり

  父と子は少年野球にのめり込む父は監督子はピッチャーに

  練習の終りて見れば陽ははるか鈴鹿の山に沈まむとする

  鉛入りスナップボールを持ちてゆく修学旅行も特別ならず

  小学校卒業までは続けたり野球以外の習字、ソロバン

  朝と夜子の足裏を父がもむ中学卒業までの七年 

  愛工大名電高のイチローは夏春二度の甲子園出場

 

山下 清さん