天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

吾妻山

吾妻山山頂

 この名称の山は日本にいくつかありそうだ。一番高いのは福島県の吾妻山で二0三五米。次は島根県のもの。ここで取り上げる湘南二宮町の山は、標高一三六米ととても低いが、日本武尊弟橘媛命にまつわる伝説をふまえている点が興味深い。走水(はしりみず)に入水して荒海を沈めた弟橘媛の櫛と小袖が、七日目にこゆるぎの浜に漂着した。村人は櫛を埋めて御陵を造り、小袖は山に祭った。これが吾妻宮になったという。
 山頂の石碑には、萬葉集巻十四東歌の次の和歌が書かれている。
   相模路(さがむじ)の淘綾(よろぎ)の濱の眞砂(まさご)なす
   児らは愛(かな)しく思はるるかも
 淘綾(よろぎ)の濱はまたこゆるぎの浜ともいい、国府津から大磯あたりまでの白砂清松の海岸をさす。

   媼らがダンスたのしむ体育館子らの姿のなき夏休み
   台風に吹き飛ばされし団栗の梢散り敷く階段の路
   吾妻はや夢のさめたるひさかたの朝日ににほふヤブランの花
   散りぼへる青き梢を踏みしだきのぼり着きたり浅間神社
   入水後の七日目にして櫛、小袖流れ着きたりよろぎの浜に
   賀陽宮御手植の松の碑はあれど松影を見ず吾妻の宮に
             碑の日付: 大正七年一月十六日
   吾妻宮奥に秘するは入水せし弟橘媛の小袖なるらし
   海神のいけにへとして入水せし姫を思ひて富士は黒ずむ
   湯殿山講中供養の石仏の首見当たらず銀杏の木陰
   丹沢の山吹き降ろす台風に倒れ伏したるコスモスの花
   一本の榎木立ちたる山頂の青き芝生をキチキチが跳ぶ
   台風をまともに受けし山頂に榎木は立てりゆるがざりけり
   台風の去りにし海のうす濁り波打ち返すこゆるぎの浜
   北面の山頂に咲く台風の道をはずれしキバナコスモス
   ぜんまいの長き口もつ秋の蝶いのちかがやくキバナコスモス
   富士を見る木咲耶媛の霊青きトタンの小屋に鎮もる
   草刈りし後に散りばふ団栗の青き実かなし台風一過
   一山をゆるがす蝉の声なれば汗噴きやまぬ二宮の駅


        ふもとには小百合笹百合吾妻山
        ギンナンの青実ちりぼふ吾妻山
        青き実のギンナン散らす野分かな
        丈高く笹百合咲けり吾妻山
        手の甲に針つき刺せる藪蚊かな
        人身を木と見てすがる秋の蝉
        酔芙蓉口すぼみたる老婆かな