『バグダッド燃ゆ』
岡野弘彦の歌集である。詩歌文学館賞と現代短歌大賞を受賞した。というわけで購入した。岡野は、釈迢空・折口信夫の愛弟子として、その歌風はすでに確立している。久しぶりに読む岡野調だが、この歌集に岡野弘彦の技量が集大成されていると思う。彼こそ和歌・短歌の正統歌人であり、現代の柿本人麻呂ではないか。戦争の悲惨さを憂うテーマも正述心緒が中心の詠み方も正統といえる。古語を自在に織り込んだ美しい日本語で格調高く詠まれた作品は、なかなか真似のできるものではない。以下では、述志ではない歌の例をあげて作歌の参考にしたい。スペースや句読点を入れて、読み方をガイドする方法は、現代的な唄い方を工夫しているもので、釈迢空の方法論の継承である。
歌集の末尾にある旋頭歌や長歌などの味わい、役割もよく理解できる。一気に読み終えた。
こずゑより雫したたる大杉の繁み立つ道は ま昼を暗し
北をさし いま発ちてゆく鶴群の 万羽の声は 空をとよもす
海に出て 群ととのふるたづむらの 大きうねりをはるか見まもる
冬日さす街川の瀬をくろぐろとひしめきのぼる 鯔のひと群
飯桐の房な朱実。垂りゆらぐ木下は いまだ闇にしづめり
夜ふけて氷りゆくらし。谷川の瀬の音ひびかずなりて 久しき
山鳥の 瑠璃の卵のかがやきし ふる木の洞は 暗く乾けり