天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

支倉常長

国宝の肖像画

 神奈川県立金沢文庫において、10月9日から12月6日まで、「伊達政宗とみちのく文華」展が開催された。終りに近づいたことを新聞で知ったので、訪ねてみか。国宝がいくつか展示されており、中で興味深かったのが、「慶長遣欧使節関係資料」であった。特に、ローマで描かれたという支倉常長の肖像には魅せられた。彼については、WEBのWikipediaによると大略、次のような説明がある。
 江戸時代初期の仙台藩士で伊達政宗の家臣。文禄・慶長の役に従軍して朝鮮に渡海、足軽・鉄砲組頭として活躍した。伊達政宗の命を受け、遣欧使節として通商交渉を目的に180人余を引き連れ、スペイン経由ローマに赴いた。1615年1月30日にはエスパーニャ国王フェリペ3世に、11月3日にはローマ教皇パウルス5世に謁見する。元和6年8月24日(1620年9月20日)、帰国したが、日本ではすでに禁教令が出されており、失意のうちに死んだ。常長らが持ち帰った「慶長遣欧使節関係資料」は仙台市博物館に所蔵されており、平成13年(2001年)に国宝に指定された。
 金沢文庫で展示を見た後は、称名寺裏の市民の森を歩いた。そこここで笹子が鳴いていた。


  細長き三日月かかる兜鉢伊達正宗の頭(づ)を覆ひける
  家康の「百万石の御墨付」果たされざりし関ヶ原以後
  戦場にいくたび出でし陣羽織五色水玉模様うかべる
  奉納は三蔵法師玄奘と紺紙金字に書く一切経
  金雲に伊達政宗が歌書きし萩に鹿図の四曲一双
  灯ともせば三宝荒神形(なり)兜ぬれぬれ光る赤・緑・黒
  政宗の腰に巻かれし白綾地鶴印金帯少し黄ばめる
  畳まれて秘されし支倉常長の肖像は今国宝である
  たのもしき面構へなり今の世にわがあこがるる支倉常長
  傷みたる支倉常長肖像の下に古びしクルスとメダイ
  泥鯉が池の底より浮かびきて水面の亀に口を開けたり


      黄葉のか細きがちる孔子
      笹鳴や子抱き観音ほほゑめる
      鋭き声の笹子目に追ふ朝日影
      実時の墓地あからめる銀杏かな