鑑賞の文学 ―俳句篇(9)―
元日や手を洗ひをる夕ごころ
芥川龍之介『澄江堂句集』
[山本健吉]大正十年作。・・・元日を常に意識の上での標識として、年の瀬は過ぎて行ったのであるが、その元日もたちまち夕べとなってしまったのである。そのような微かな哀愁が、この句を陰翳深いものにしている。
[飯田龍太]・・・水の冷気が、胸によどんで来た翳(元日の夕べの寂寥の気)を素早くつき貫けてゆくおもいである。しかし、このわびしさもまた、こころの奢りといえないこともあるまい、という気持が「夕ごころ」に現れている。
[川名 大]・・・この元日の夕べの哀感は体験的に誰でも知っていることである。それを芥川は見事に普遍化した。生気に満ちたものが忽ちにして失われることのあわれは、芥川の生涯を貫くモチーフだったと言ってよい。・・・