武甲山
武甲山資料館に入って武甲山に関する知識を得た。三十分ばかりのビデオも見て人々と山の関係を知ることができた。独立峰で別名を秩父嶽、妙見山、武光山ともいう。名前の由来は、日本武尊が自らの甲をこの山の岩室に奉納したという伝説から来ているらしい。武州(武蔵国)と甲州(甲斐国)にまたがる山からきた、と思っていたのだが。麓の人々は、昔から神の籠る山として崇め親しんできた。
武甲山の石灰岩は日本屈指の良質な大鉱床であり、可採鉱量は約4億トンと推定されている。山の北側斜面が石灰岩質であるために古くから漆喰などの原料として採掘されていた。明治期よりセメントの原料として採掘が進められ。1940年(昭和15年)に秩父石灰工業が操業を開始して以降、山姿が変貌するほど大規模な採掘が進められ、とくに北斜面で山体の崩壊が著しい。石灰岩の採掘により旧山頂にあった縄文時代から近代までにいたる歴史のあった信仰遺跡、巨岩群は完全に消滅しており、武甲山御嶽神社の現在の社殿は頂上付近から移転されたものである。
おほかみがそのかみ棲みし武甲山お花畑のまなかひに見ゆ
花火かとふり返り見る武甲山発破の音に岩くづれ落つ
二億年前に生れし武甲山石灰石を採りて崩るる
石灰岩採掘跡の武甲山見る影もなきチチブイワザクラ