天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

わが歌集・平成二十七年「多摩川」

     多摩川紀行(一)   八首

  多摩川の河口左岸にせり出せり五十間鼻無縁仏堂

  おごそかに稲荷大神現れて「稲荷山」とふ舞を舞ふなり

  秋風の穴守稲荷例大祭テントを張りて地のものを売る

  さまざまのペットボトルの散らばれる岸辺かなしき秋の多摩川

  亀甲山(かめのこやま)古墳につづく古墳群八号までの番号のつく

  石室の入口探す五号墳草木にうもれ見当らざりし

  レジェンドになりし選手の若き日の写真飾れるおでん屋の壁

  グツピーもピラニアも棲む多摩川の水温上ぐる下水処理場

 

     多摩川紀行(二)   八首

  冠雪の富士はるかなる多摩川に今日も浮かべるのんきやの舟

  少女らがカメラかまへてはしやぎゐる河原にあまた芒そよげり

  多摩川の岸辺に佇ちし雪女小泉八雲の『怪談』に載る

  「雪おんな縁(ゆかり)の地」碑の橋に立ちもみぢ燃えたつ岸を見下す

  印象にのこる松茸土瓶蒸し多摩川奥のかんぽの宿

  大口真神(おほくちのまかみ)祀れる社まで黄葉ちり敷く石段のぼる

  ほむら立つ紅葉の谷を見下ろして山のぼり来し身を休めたり

  吊り橋の上より川を見下ろせばカヌーがひとつでんぐり返る

 

     世事日常   八首

  大いなる辞書も辞典も本棚の底ひにねむる電子の時代

  クリップにちくわの欠片(かけら)はさみたる釣り餌にしてさそふザリガニ

  ひつそりと庭草蔭に咲く姿浦島太郎が釣り糸を垂る

  アマゾンへ注文すればすぐにくる『一茶句集』の古本一円

  熊が出る岐阜高山の投票所爆竹くばり熊除けにする

  住民の多数決にて独立の決まるを怖る合州国

  整形外科に妻の耐へゐる時の間を車に待ちて読む羈旅の歌

  春雷のあとの没日(いりひ)にみづがねの富士あらはるる西方の空

 

     吉田松陰を訪ふ   八首

  松陰の若き気迫のほとばしる真筆を見て背筋正しぬ 

  国禁を犯す覚悟にながめけむ護良親王幽閉の牢  

  松陰も手を合はせけむ本堂の釈迦牟尼仏に吾も手合はす 

  清々しき最後なりしと伝へたり首斬り役の山田浅右衛門 

  小塚原回向院より移されし遺骨を想ふ松陰の墓  

  功なりし木戸孝允が寄進せし鳥居の奥にねむる松陰  

  松陰に学びし明治の元勲の寄贈の灯籠競ひてならぶ 

  塾にくる人を待てるか正座して書を開きもつ松陰の像 

 

     春来たる   八首

  咲き満てる河津桜の山腹を人つらなりて九十九折(つづらおり)ゆく

  小雨ふる桜まつりの山にゐてリーマン予想に囚はれてをり

  谷間をうづむるほどに咲かせたしおかめ桜の根府川の郷

  柄杓もて水を垂らせば地の底の水琴窟に春のこゑあり

  まがも二羽ならびて泳ぐ池の面に影もま白きもくれんの花

  青空に辛夷つのぐむ公園は肥満防止の人ら走れる

  舎利殿の庭に読経のこゑひびき外国人とわが覗き見る

  岩の上に亀らのぼりて甲羅干し太陽を背に同じ方見る

 

     山下清さんを訪ふ(一)   八首

  悪人も居れど善き人多かりき山下清をうけ入れし国

  おかみさんと子供ふたりの家に住み飯たき風呂たき庭掃除する

  子供らにからかはれても我慢してがまんするほどまたからかはれ

  汽車がくる時間に合はせ忙しく弁当つくる 汽車ときやうさう

  まぐはひによりて子供のできること嘘だとおもふ清は二十歳 

  こつそりと弁当屋をでて元日の朝はやくから逃げて行くなり

  リヤカーに乗せてもらつた 引く人は唖でつんぼで手まねで話す

  魚屋の仕事はつらい夏くさく冬はつめたい魚の血だらけ

 

     山下清さんを訪ふ(二)   八首

  人に見える仕事をしたい 山下は遊んでゐると言はれないやう      

  「山下と話するのは面白い、まんざいみたいだ」だんなさんが言ふ 

  柏まで歩いて酒を買ひに行く往復四時間きのうふもけふも 

  今日は晴れ「よその田んぼとまちがへて田植するな」とおかみさんが言ふ

  住み込みのところ変はればそのたびに取りに行くんだ移動証明 

  馬小屋の掃除ははだし びしよびしよに濡れて臭くて気持が悪い 

  おとなりへもらひ湯に行くすすめられ番がくるまで炬燵で待つた 

  おばさんが雑巾がけをした時にずろーすをはいてゐないと知つた 

 

     フルーツパーク   八首

  ボール打つテニスコートの河川敷ひばりは高く空に啼くなり

  六月はブルーベリーに桃、李(すもも)もぎとり自由のフルーツパーク

  もぎて後三、四日おく桃なれど李(すもも)はもぎてすぐ食べられる

  抱き上ぐる孫の宙輝(ひろき)が桃をもぐ両手につつみ引き下げて採る

  場外に手に汗にぎりはげませり深宇(みう)と宙輝(ひろき)のローラースケート

  いつたんは怖れてやめし宙輝(ひろき)なれどつひになし遂ぐエアすべり台

  拍手して大道芸を見し深宇(みう)に千円もたせ祝儀袋に

  玄関にハイタッチして別れきぬ宙輝(ひろき)七歳の誕生会あと 

 

     伊豆下田行   八首

  台風の去りし天空はれわたり海岸沿ひに「踊り子」走る 

  松陰が泊りし島の弁天堂板戸に四首空穂の歌が

  「踏海の朝」の銅像見上ぐればさはやかなりき初夏の風

  黒船の将兵たちに食はさむと牛をつなぎし屠殺の木あり

  松陰が自首して捕らへられし獄鉄格子のみ今に残りて

  大刀を両手につきて沖を見る昭和十七年作松陰の像

  のぼり来て寝姿山に見わたせり下田みなとの海の静寂

  松陰の路銀はいかにと案じゐる岬の山の東急ホテル

 

     山下清さんを訪ふ(三)   八首

  まま父の乱暴絶えずお母さんは清をつれて宿を移つた 

  さかな屋を逃げ出し母を困らせる 母といつしよに働きたいと 

  お母さんとたつちやん、源ちやん、愛子ちやん ぼくの家族の住む信濃町

  九年ぶりに弟とする将棋には負けてばかりでかなはなかった 

  ただ飯を食べて遊ぶは悪いから貯金を全部母にさし出す 

  泣きむしの一年生の女の子おれをバカと呼び絵が下手と言ふ 

  「写真より写生の方が絵が生きる」 をぢさんは言ふ今日の絵を見て 

  ゴッホが描いた絵は実物と違ふから絵らしく見えるみんな上手だ 

 

     維新の道   八首

  伝馬町牢の揚屋に聞きにけむ処刑の時を告ぐる鐘の音

  萩の石はこび来りて建てしとふ吉田松陰終焉之地碑 

  伝馬町牢屋敷跡の輪郭をなぞりて歩く炎天の道 

  晋作がつまびきしとふ三味線はちさく赤茶けあはれなりけり 

  長州が下関に据ゑ放ちける大砲黒きつやを保てり 

  塾生は明治維新の立役者写真の顔はみなとげとげし 

  晋作の妻なる人はうつくしく知性ゆたかにあか抜けて見ゆ 

  霊山へ維新の道をのぼりきてはじめに出会ふ坂本龍馬 

 

      ふるさとの葬式   八首

  この秋のふたつの旅はふるさとの葬式なればさみしかりけり 

  吸ひたりぬこの世の空気吸ふごとく棺(ひつぎ)の中に口開きしまま

  葬儀社のガイドの合掌礼拝にしたがひつつも釈然とせず

  足のそば頭のそばに供花おきて口開く遺体に手を合せたり

  サングラスのままに手合はせ見送りぬ遺影抱ける喪主の車を

  葬式の帰りは「のぞみ」グリーン車に「獺祭」を呑みチーズ烏賊食む 

  グリーン車の車内販売「獺祭」はひとり一本と断られたり

  イチローは今日も無安打葬式の帰りに知りぬ新幹線に 

 

     絶滅危惧種   三十首

  この春も長興山にのぼり来てつつかひ棒の桜を見上ぐ

  板塀の穴からのぞく溜池の水面かすむる翡翠カワセミ

  前足のひとつ失せたるチワワ連れ女のあるく朝の公園

  三人の女腰ふるフラダンス藤の花房おもく垂れたり

  それぞれの流派の描きし春画には大きな違ひなくてあくびす

  黒猫の轢かれてのこす断末魔路上に乾きわれを見あぐる

  吒枳尼天(だきにてん)・豊川稲荷イチローの祈願のあれば涙ぐましも

  イチローの二千九百三本目 十二対一の一に寄与せし

  日本酒のあとに飲みたすバーボンにMLBはうたた寝のうち

  晋三がバラクのグラスに注ぎけり山口県産日本酒「獺祭(だつさい)」

  とちおとめ、あまおう、女峰(によほう)、さがほのか 苺の品種さはに楽しき

  コシヒカリあきたこまちの輸出先東南アジアの富裕層向け

  かんぺきな養殖なりしクロマグロ三十二年の月日を経たり

  わがひとりクイズの解けぬ苦しみに叫んでゐたり明け方の夢

  すさまじき歯軋りゆゑの歯のくぼみ「処置見送り」と歯科医のたまふ

  凶と出でしおみくじいづこに捨つるべき御祓箱の暗き口見ゆ

  わが著書の『エキスパート・システム』は三十年経て値段二倍に

  ブラックでも融資可能とふメールくる発信元にわがアドレスが

  パスワードいくつも作りどこにどれを使ひしことも忘れてしまふ

  地下鉄の駅を地上にのぼりきて瑠璃色の花ベロニカに遇ふ

  大佛と大池の往復書簡集 小池光の解説を聴く

  うしの日になれど食欲わかざりき日本うなぎは絶滅危惧種

  老女ひとりうな重とりてぢつくりと味はひつくす昼の時の間

  まはりより背の高き身は操作せるスマホ画面を見比べてをり

  腰まはり細かりし頃のズボン、服 タンスの底に捨てられずあり

  年ごとに運動不足になりぬればくの字くの字の坂のぼりゆく

  手品よりスマホのゲームがいいと言ふ 相手にされずさみしかりけり

  新しき定義をすれば新しき世界ひらける数の不可思議

  古希にしてリーマン予想にとりつかれ素数分布の階段のぼる

  わが内の熱きながれの絶えざらめ寝る前に飲むマッサンの酒

 

ラニ