天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

HOKUSAI

不忍池の水鳥

 今日は午後から、上野の東京文化会館で短歌人の東京歌会がある。その前に東京国立博物館で開催中の北斎展を見に行く。だが、壁に掛けられた浮世絵は意外に小さく見物人が多いので、順番の列に並んでいては、見終わるまでにどれだけ時間がかかるかわかったものではない。そこで順番を待たず遠くから一瞥して回った。一冊三千円の作品集を記念に買った。
 その後は、不忍池を巡って時間をつぶした。キンクロハジロマガモなどシベリアからの渡り鳥や留鳥のユリカモメがずいぶん池に群れていた。驚いたことに渡り鳥が全く通行人を恐れず平気で餌をもらいに近づいてくる。


   混みあへば離れて見たる北斎の息吹つたはり背中(せな)に
   汗かく


   北斎の画業ならべる壁際に人つらなりて眼(まなこ)を寄する
   神奈川沖浪裏見れば悔いはなし順路無視してそを探しゆく
   神奈川沖浪裏見ればし残せることのさまざま迫りきたれり
   血管のうかび出だせる赤富士の凱風快晴北斎がたつ
   人だかりして動かざり藍ふかき冨嶽三十六景の前
   誇張して細部描ける北斎の絵のなまめきて現実を越ゆ
   老境に入りてますますなまめける北斎の絵に目をみはりたり
   たくましきファロス思へり北斎の老いてなまめく浮世絵の筆
   ユリの木の黄葉ざはめく下にきて北斎を見しほとぼり冷ます
   餌まけばカモメひときは騒ぎたつ水鳥うかぶ不忍池(しのばずのいけ)
   シベリアの空をとび来し水鳥の人を恐れぬ不忍池
   ペダル踏む白鳥ボートにつきゆけり餌に惹かるる水鳥の群
   包丁塚鳥塚ならぶ池の辺に餌待ちて寄る水鳥の群
   ケイタイを構へる西郷銅像に十一月の銀杏いろづく
   一同が西郷前にならびたり冬の日差しの写真に映る


         北斎の絵のなまめくや冬灯
         枯蓮の首みな折れて風に鳴る
         銀杏ちる西郷前のVサイン
         彰義隊墓の黒きに銀杏ちる


 短歌人歌会の詠草から。

  梨に刃を入れる刹那のためらいや熱月のなき国に生まれて
                       藤原龍一郎
*熱月が解読の鍵。フランスでは、一月、二月という月の呼び名とは別に、葡萄月とか熱月といった呼び名がある。特に熱月はフランス革命と関係深い月であった。当時は処刑にギロチンが使われナイフを使った暗殺が頻発した。こうした血なまぐさい月を持たない平和な国に生まれても、梨をナイフで切ろうとする刹那ためらいが生じる、という。


  八房(やつふさ)といふおほ犬をおもひつつ葡萄ピオーネの珠
  (たま)をのみこむ               小池 光
*八房(やつふさ)は、滝沢馬琴南総里見八犬伝に出てくる犬の名前。安房の国の城主里見義実の娘「伏姫」と飼犬「八房」との間に不思議な力で八つの徳すなわち「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」の八つの玉が生れる。葡萄の粒を飲み込む時、この物語を思ったのである。


わが歌は、
  明けちかき遠野の原に目覚めけり野鴨の声のはつか聞こゆる
*遠野を固有名詞として解釈していたが、特段のケチはつかず、概ねが読んでいて気持良い歌という批評であった。