長久手古戦場
長男夫婦に女児が生れたので名古屋に出向いた。生れたばかりの長男を風呂に入れたのは三十五年前なので、新生児の大きさはとっくに忘れてしまっているが、今目の前にするとなんとも小さく見える。女児として標準なのだが危うく思えるのは、こちらの年のせいであろう。
新生児が眠りながら手や顔を動かすのを見ているのは飽きないが、長居は無用。産院のすぐ先に、小牧長久手の戦いで知られた長久手古戦場があるので、そちらに足を伸ばした。秀吉軍と家康軍がぶつかった戦であるが、戦史の上ではさほど面白いものでない。
大山の稜線やさし冬うらら
「ひかり」待つ小田原城の冬もみぢ
冬麗の丹沢山塊腹据はる
水涸れや天竜川の骨あらは
まがなしく産声あげしもみぢかな
豊川や冬もたつぷり水湛へ
冬鵙も声はばかるや古戦場
墓碑石碑訪ねあるくや冬の鵙
この先の春をかぞふるわが腕に生れしばかりのいのち
かなしも
手に足に原始の鳥の記憶あり顔は未来の人のかがやき
老の手に生れしばかりのいのち抱き二十年後の血潮思へり
生れし子に深宇(みう)と名付けし しんしんと宇宙の闇を
とびゆく光
戦死せし武将の霊を鎮めむと人呼び寄する長久手の町
四百年経れば宅地に変貌す石碑くろずむ公園の隅
たたかひのありし記憶のかぎろひか夕陽が沈む長久手の丘
好物は「ひまつぶし」とこそ覚えけれ「ひつまぶし」とは
つかみがたきを