天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

しとどの窟(いはや)

土肥城跡

 湯河原の城願寺に寄る。城願寺は土肥一族の菩提寺であり、境内には樹齢八百年の柏槙がある。
土肥城跡の城山をめざして山道をのぼる。高度を増すにつれ、初島、大島、真鶴岬が眼下に見えてくる。螺旋状の山路をたどれば、幕山、日金山が右に左に交互に見える。城山は海抜五六三米、幕山は六二五米なのだが、幕山の方が低く見えるから不思議である。幕山に並んで南郷山(六一八米)、奥に星ヶ山(八一四米)、さらに奥に白銀山(九九三米)、目を四十五度左に転じれば、奥に大観山(一0一一米)などが望める。
しとどの窟側から男女ふたりが登ってきた。女はしきりに咳をした。城山を出て、しとどの窟に向かう。五十分ほど歩く。しとどの窟は、源頼朝石橋山の戦いにやぶれて、逃れ隠れた場所といわれるが、ここ以外に真鶴岬にもある伝説の場所である。しとどの窟からは一の瀬経由幕山下に下りる。一の瀬では、ガレ場を登ってくる母子に出会った。子供は小学四年くらいの男児である。「窟まで三十分くらいですか?」「いや、そんなにはかからない、二十分程度でしょう」
 幕山は全体が黄葉に包まれ、青空の下に燃えていた。ここの岩壁はロッククライミングで知られる。今日も大勢が入っているらしく、自動車が駐車場に並んでいる。
鍛冶屋バス停からバスで湯河原駅に帰った。

        町内会土曜日八時の落葉掻き
        大銀杏黄葉(もみ)づる時宗総本山
        笹鳴や土肥一族の鎮もれる
        からころところがりくるや朴落葉
        山茶花の赤きに出会ふ山路かな
        幕山のもみぢ見下ろす杉木立
        木枯にしとどしたたる窟(いはや)かな
        幕山は燃えるばかりのもみぢかな
        岩壁に人が貼り付く山もみぢ
        岩壁をあらはに山のもみづれる
        ふりかへり振り返り去る山紅葉

  びやくしんのみどり保てる八百年いちやうもみぢが山門にちる
  青竹の林にさせる旭日の光まぶしみ鵯啼くも
  旭日に山の装ひ色あせて杉の梢にひよどりが啼く
  大島も伊豆半島もかすみたり朝日かがよふ初島の海
  音きたる空見上ぐれば航跡のはるけき先に機体光れり
  幕山の頂き横に眺めつつのぼりきたれり土肥城の跡
  松籟の山のぼりきてたよりなき足音ひびく城山隧道
  石燈籠石仏あまた納めたるしとどの窟(いはや)したたりの音
  あかあかと眠れる山の岩壁にロープ垂らせり人よぢのぼる