事の本質
姉歯事件、ライブドア事件などで、政治家や世の有識者・オピニオンリーダと称する人たちが、改革路線が悪いようなキャンペーンを繰り広げているようだが、ちょっと待ってくれといいたい。
彼らの論調では、「だまされた方に責任がある、謝れ!」ということになる。特に政府に対する言い方に顕著である。ホリエンモンを担ぎ出して選挙を闘ったことが悪いなら、何故その時、ホリエンモンのいかがわしさを野党は打ち出さなかったのか?野党もだまされていたわけである。
世の中を欺くつもりなら、今回のような事件はいつの時代でも起きる。問題は、法律なり規則なりに沿ったチェック機構が機能していないところにある。技術的なチェックでは、人間がやることだから官が担当しようと民が担当しようと何の遜色もありはしない。
改革とは、現状より良い環境にすることである。住みよい安定した社会にするには、例えば、莫大な国家財政赤字を解消する施策を打ち出さねばならない。野党党首に注文したいが、問題の本質を捉えて、時の政府がぜひ採用したい、というような施策を提案してもらいたい。野党ながら、良識あり品位のある人格者だと、与党からも国民からも慕われるような政治家になってもらいたい。
うたの話題に戻ろう。「短歌研究」二月号に「事実のすごさを見出す」という興味ある特集が載っている。事実を詠っているのに、読者の琴線に響く歌と技法についてでである。そのような歌の例のみをあげておく。
チョコレートのぎんがみありき雪山で死にたる友の
遺品の中に 小島ゆかり
*何故「ぎんがみ」なのか?銀色の雪山との連想も。
それぞれにみなあきらめし顔をして「たばこの部屋」
に居れる人々 小池 光
*二句から四句にかけての措辞がポイント。
昏れ方の電車より見き橋脚にうちあたり海へ帰りゆく水
田谷 鋭
*三句以降がすべて。特に四句五句が与える安心感と
懐かしさ。