天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

丸太の森

鶏頭の花

 万葉時代の植物と現代の植物と同じなのかどうかが気になっている。今日訪ねた南足柄の丸太の森には、万葉の草木を植えて丁寧にも名札やそれを詠んだ万葉の歌を書いて紹介している。その中に彼岸花について、壱師(いちし)という名であったと説明があり、巻十一―2480番の次の歌をあげている。


  路の辺の壱師の花のいちしろく人皆知りぬ我が恋妻(こひづま)を


ただ、広辞苑では、壱師はギシギシの古名という解説であり、それならあきらかに彼岸花とは別物になる。
 また、鶏頭は「からあゐ」のこととして、巻七―1362番の歌、


  秋さらば移しもせむと吾が蒔きし韓(から)藍(あゐ)の花を
  誰か採みけむ


が書かれている。彼岸花にせよ鶏頭にせよ古き時代に渡来したというが、万葉の頃かどうか判然しない。
[追記] 札に紹介されている歌が正確に書かれているかどうか、
    専門書に当たって確認が必要。はじめの歌がそうであった。


 ところでここ足柄の地は、万葉集にいろいろ詠まれている。倭建が東征の帰りに通ったという道もあるくらいに古くから知られた歌枕である。例歌を一首あげておく。
  あしがらの やへやまこえて いましなば たれをかきみと
  みつつしのばむ


  万葉の歌読みのぼる足柄の丸太の森に秋風がふく
  フィトンチッドフィトンチッドとつぶやきて森林浴の森を
  わがゆく


  ささがにの巣を顔にかけとり払ひフィトンチッドの森を
  わがゆく


  あしがらの八重山なかに踏み入りて歌にたしかむ万葉の木々
  いにしへの万葉集に詠はれし草木にふれて森をわがゆく
  万葉の植物植うる苑あれば覚えず探す秋の七草
  笹鳴を間近に聞きて一望す海にゆきあふ小田原の町
  直立てる樅の大木ゆるがざり根を地に下ろし秋風を聞く
  森林のたくはへし水しみ出でて谷底に聞く滝つ瀬の音
  鳥兜奈辺に咲くとくだり来し森の木立を秋風渡る
  道の辺に疲れたる身をやすめてはおゆびに移す月草の色