天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

あたみ桜

熱海市の糸川の縁にて

 熱海市内には、名前のついている小さな川が山側から海へ三つ流れている。案内板でみると、来宮神社の奥から流れてくる糸川、梅園の奥からは初川、紅葉ヶ丘からは和田川 というぐあい。
糸川沿いには、あたみ桜というバラ科サクラ属の寒桜が咲いている。この川に掛かる橋のひとつに御成橋があり、そこに徳川家康の次の熱海入湯の句が書かれている。慶長九年三月三日に来たらしい。

      春の夜の夢さへ波の枕かな

なかなか佳い句である。
 また桜橋の近くには、次のように書かれた坪内逍遥の歌碑がある。

      ちかき山に
       ゆきはふれゝと
        常春日
      あたみのさとに
      ゆけたちわたる
                せうえう

濁音を清音で表記している。「雪は降れれど」「湯気たちわたる」などが原義。かなと漢字の使い分けが絶妙。
 初川の縁、阿由美橋そばに、熱海芸妓見番がある。芸者は置屋に属しているが、置屋の組合を見番という。熱海には現在100を超える置屋があり、250名余りの芸者が活躍しているらしい。見番の建屋の中には、立派な稽古場があり、土・日の昼間には一般客も見学できる。


      目白押しあたみ桜の花蔭に
      逍遥の歌碑に花ちる桜橋


  排ガスの商店街に干す鰯買はざるままに通りすぎたり
  カマス干す横に切身の味醂干 旨さうなれど車が通る
  水槽にさざえ三つ四つかたまりて砂吐くらしもサイフォンの泡
  ひもろぎの杜より出づる糸川ははなやぎにけりあたみ桜に
  仲のよき目白は群れて川沿ひのあたみ桜の花をちらせり
  糸川の縁に座りて写生する朝の白髪にちる寒桜
  待ちくるる車に手あげ足ひきて車道をよぎる初川河口
  ハナミズキ初川沿ひの街路樹のつぼみは固き冬枯れの色
  担架ごと乗せて駆け出す救急車けふあたたかき熱海きさらぎ
  つぼみまだ目立たぬほどの糸桜枝垂るる先に芸妓見番
  色あせし見番の旗はためきて花待ち遠し芸妓の館
  タクシーを降りて和服が駆け込みぬ芸妓見番阿由美橋そば
  「家康の湯」に足浸す 駅前の間欠泉に人と集ひて