天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

九月折々(3)

広重の江ノ島図

 秋の鎌倉や江ノ島を歩きまわった。百日紅、むくげ、彼岸花などが目立つ。海の青潮の色が美しい。今年は例年に比べて萩の花が少ないのではないか。鎌倉は萩の多い町だが、花が咲いている場所にあまり出会わない。海蔵寺、宝戒寺といった萩の名所も歩いてみたが、萩は茂っているものの花はほとんど咲いていなかった。九月も末になれば、つくつく法師が最後の力を振り絞って鳴いていた。


     木下闇蛇苦止の井戸の観世音
     雲の湧く下に島あり秋の海
     江ノ電の過ぐるに揺るる百日紅
     茎若き鉄砲宿のきつね花
     秋風の地蔵をかこむ風車
     釣上げて小魚ばかり秋彼岸
     身震ひの欅がちらす枯葉かな
     虚子ねむる山を訪ねてつくつく師
     尼寺の庭の青柿色づきぬ
     秋風のやぐらに潜む稲荷かな
     石垣に咲きこぼれたる萩の花
     鎌倉や風のこゑ聞く萩の門
     鎌倉の谷戸に風聞く死人花


  太鼓打ち子供神輿がねり歩く木蔭涼しき朝の境内
  高き木につくつく法師しき啼けり砂盛り敷ける流鏑馬の馬場
  祭壇の左右に太鼓のしづもりて朝を火点す蛇苦止明神
  鎌倉の兵火に追はれ姫たちが身を投げしとふ蛇苦止の井戸は
  口狭き蛇苦止の井戸に身を投げし姫の恐怖は言はむかたなし
  百日紅空ゆちりくる背の高き五郎入道正宗の碑に
  海坂の雲湧くところ大島の消えむばかりの淡き影見ゆ
  草むらにひときは高き曼珠沙華茎若くして人目ひくなり
  秋風の海坂を来し青潮テトラポッドの岸壁に鳴る