天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

ぼくたちが愛した自由青葡萄

青磁社刊

 作年亡くなった小寺敬子さんの遺句集『夏の果』(青磁社)の最後の句である。小寺敬子さんは「古志」の同人であり、「古志」創刊時からのメンバーである。今回の遺句集は、長谷川櫂氏の選になるという。小寺敬子さんにはすでに句集『花の木』もあるが、私は全く面識がない。遺句集が妹さんから送られてきて、突然のことで驚いている。
 生前の「古志」誌上では読みとばしていた句が、遺句集に纏められたことで、俄然生彩を放っている。以下に代表的な句を紹介しよう。


懐かしさを誘う作品:
     おもかげや桔梗の花みるたびに
     綿虫や使ひに出せば行つたきり
     子どもらに青き淵あり夏休み
     追ひかけてかぶせる帽子雲の峰
     ぼくたちが愛した自由青葡萄


鮮明なイメージの作品: 
     水くぐる白きてのひら新豆腐
     筆塚といふ花冷の石一つ
     初あられ油小路を走りけり
     風花やことに二十歳の振袖に


悟りを感じさせる作品:
     手に箒かりそめながら月の客
     水仙やこの世は風の音ばかり
     雲とんで隣の石榴割れてをり
     春の月この世の涯に昇りたる
     びしよ濡れの天地の間を蝸牛


季節、雨風、天体等を擬人化して生き生きと表現している点も大きな特徴と言える。なお、遺句集の後半には、「古志」誌上に発表されたエッセイも載っていて、生前の小寺さんの生活の一端が覗える。