天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

吾輩には戒名も無い(5/8)

砂子屋書房刊

 酒井佑子にも猫の歌が多い。『地上』に四首、『流連』に九首、『矩形の空』に四二首といった具合である。飼い猫の死や思い出を詠んだ例を以下に五首とりあげる。
  名は海(かい)と言ひにけり真夏海のべに拾ひし猫はきのふ死にける
                      『流連』
海辺で拾った猫だから「海」と名付けた。「カイ」と呼んだところがおしゃれである。二句の句割れの韻律が思い出とよくマッチしている。
  人も猫も死にたるのちの安けさに極月の空はればれと青
ここの「人」や「猫」は、まるで世の中の煩わしさを象徴しているかのようだ。愛情の一面には煩わしさも伴っているのだ。
  去年死んだ猫よおまへの匂ひが顔のへにまつはりついてゐる五月闇
                    『矩形の空』
上句は九八五の大幅な字余りだが、これが「まつはりついて」を感じさせる工夫になっている。日数を経てもまだ猫の匂いを感じている。
  食断ちて死なむと須臾の甘き念慮あたたかき猫に鼻触れながら
自分が死ぬときは食を断って逝こうという甘美な思いが、猫に鼻をくっつけていた時湧いたという。
  く と啼き手の中に猫はつぶれけり一瞬に濃くなりたるこころ
作者が猫の命を断ったような上句がなんとも不気味だが、手の中で猫が死んだ瞬間の作者の心境を捉えた。多分、想像の歌であろう。