天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

甲斐の谺(4/13)

角川学芸出版より

技法上の特徴
 蛇笏と龍太の類似点、相違点を少しく詳細に具体的にみていく。
(1)句構造
蛇笏は俳句の五七五の韻律(正調)に概ね忠実であり、六期に分けられる生涯の作句期間を通して、有季定型を変えることはなかった。蛇笏の例句はあげるまでもなかろう。
一方、龍太は自在な句構造を用いた。即ち、正調からすれば語割れ・句跨りになる破調を多用した。わけても七五五の型が目立つ。
  花馬鈴薯に白樺の杭を打つ       『百戸の谿』
  耳そばだてて雪原を遠く見る        『童眸』
  すでに爽か手の山草の音たてて       『童眸』
  潮かがやきて大空に冷気出づ        『童眸』
  花の遺影に爛々と時忘ず         『麓の人』
  目開けば海目つむれば閑古鳥       『麓の人』
  魚賢くてべうべうと夏の海         『忘音』
  一月の川一月の谷の中          『春の道』
  旧伯爵家恋猫の闇のなか         『山の木』
  花珊瑚樹に寒々の魂しづか        『山の木』
  柘榴揺れゐてさ迷へる国ありき      『山の木』
  湯の少女らに絶壁の雪煙り        『山の木』
  天草四郎凍空に群鴉充ち          『涼夜』
  陽(ひ)のよろこびを全身に冬の海     『山の影』
  帰燕仰ぐは牧場の若夫婦          『遅速』
龍太のこの手法は、同時代の前衛歌人塚本邦雄とも呼応する。塚本は語割れ・句跨りを多用して短歌の韻律に革新をもたらした。歌集『装飾樂句』から二例をあげる。
  屋根、緑青(ろくしやう)をふきて濡れをり屋根裏にすでに軍用犬飼はれゐて
  まなこ瞑(つむ)るときすなはち死 暗緑の斜面にうもれたる雪崩止