天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

漱石の俳句作法(5/8)

夏目漱石

材料: 狐狸、怪異を連想させる動物、広い地名、不浄の物、上流社会の様 など。以下、該当箇所を太字に示す。
 蕪村の例句
    戸を叩く狸と秋を惜みけり
    蝮(くちばみ)の鼾も合歓の葉陰かな
    いばりせし蒲団干したり須磨の里
    一つ鼠のこぼす衾(ふすま)かな
 漱石の例句
    武蔵下総山なき国の小春哉
    三日月や野は穢多村へ焼て行く
    辻君に袖牽(ひか)れけり子規(ほととぎす)
    春の夜や金の無心に小提灯


蕪村に学ぶ二
別の角度から漱石の作句態度をまとめてみる。
(一) 蕪村は無頓着なくらい字句に拘らなかったが、漱石も自由気ままに当て字を使用した。例えば、
    雪霽たり竹婆娑婆娑と跳返る    「ばさばさと」
    奈良七重菜の花つづき五形咲く   「御形」
    立ん坊の地団太を踏む寒かな    「地団駄」
    病む人の巨燵離れて雪見かな    「炬燵」
    阿呆鳥熱き国にぞ参りける     「信天翁
    去ればにや男心と秋の空      「されば」
    朧故に行衛も知らぬ恋をする    「行方」
(二) 先にも触れたが、漱石は漢語を用いたり漢詩を踏んだ。漱石の場合、漢詩の情景を多々俳句にしているが、代表的な作品が、『蒙求』を出典とする一連の俳句である。ちなみに漱石という雅号もこの書にある故事から出ている。以下では、句の右に『蒙求』の原句を示す。
    塵埃り晏子(あんし)の御者の暑哉     「晏御揚揚」
    梁上の君子と語る夜寒かな        「陳寔遺盗」
    春寒し墓に懸けたる季子(きし)の剣    「季札挂剣」
    剣寒し闥(たつ)を排して樊(はん)かいが 「樊かい排闥」
    行春や瓊觴(けいしょう)山を流れ出る   「劉阮天台」
    屑買に此髭売らん大晦日         「陶侃酒限」
『蒙求』について註釈しておくと、著者は李瀚。伝統的な中国の初学者向け教科書である。日本でも平安時代以来長期にわたって使用された。日本で人口に膾炙している「蛍雪の功」や「漱石枕流」などの故事はいずれも「蒙求」に見える。