コミック短歌(10/12)
■本歌取り。歌集『シンジケート』から。
口語短歌においては、CMのキャッチコピーやコミックのギャグがしばしば引用される。
ハーブティーにハーブ煮えつつ春の夜の嘘つきはどらえもんの
はじまり
桟橋で愛し合ってもかまわないがんこな汚れにザブがあるから
一方、従来の和歌の伝統技法である本歌取りはどうか。多くはないが、この歌集では以下のような例を見つけた。
君去りし朝の食卓黒き砂が馬蹄磁石の両端飾る
北原白秋の「君かへす朝の舗石(しきいし)さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ」を想う。
シャボン玉でつくった豹は震えながら輝きながら五月の森へ
近藤芳美の「森くらくからまる網を逃れのがれひとつまぼろしの吾の黒豹」を想う。
卵産む海亀の背に飛び乗って手榴弾のピン抜けば朝焼け
斎藤史の「春を断る白い弾道に飛び乗つて手など振つたがついにかへらぬ」を想う。
君がまぶたけいれんせりと告げる時谷の紅葉最も深し
寺山修司の「煙草くさき国語教師が言うときに明日という語は最もかなし」を想う。
指切りのゆび切れぬまま花ぐもる空に燃えつづける飛行船
寺山修司の「かくれんぼの鬼とかれざるまま老いて誰をさがしにくる村祭」及び
「新しき仏壇買ひに行きしまま行方不明のおとうとと鳥」を想う。
なお、『手紙魔まみ・夏の引越し』にも次のような例がある。
あかねさす紫野ゆきロイホゆきチャリンコ・ベルを巡る朝焼け
ロイホはファミリーレストランのRoyal Hostのこと。額田王の歌「あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る」の本歌取り。
穂村の本歌取りの作品はいずれも文語口調になっている。本歌が文語調である故か。推測するに、口語短歌では本歌取りはかなり難しい、あるいは未開拓と言えよう。