月の詩情(5/12)
□日本の物語・随筆・伝説を踏む
影は天の下てる姫か月のかほ 芭蕉
『古事記』では、高比売命のまたの名が、下光比売命(下照姫)に
なっている。
大国主神の娘で天稚彦の妻。葦原中国を乗っ取ろうとして天上からの
矢で射殺された夫を喪屋をつくって八日八夜歌舞してとむらったという。
見る影やまだ片なりも宵月夜 芭蕉
「片なり」は「片生り」で未成熟のこと。『源氏物語』玉鬘の巻を踏む。
月影に映る若い女の子を初々しい宵の月に譬えた。
ふたり寝の蚊屋もる月のせうと達 蕪村
『伊勢物語』五段の「人をすゑてまもらせた」兄弟の面影だが、「ふたり」とは
妹と兄のことだろう。「せうと」は「兄弟」。前書に和歌大題の「逢不逢恋」あり。
庵の月主(あるじ)を問へば芋掘りに 蕪村
『徒然草』六十段(僧坊を百貫で売りすべて好物の芋に換えてしまったという盛親僧都)を
素材にした。思わず笑ってしまう。
梅さくや平(へい)親王(しんわう)の御月夜 一茶
平親王は平将門のこと。天慶二年に反乱を起こし、下総国猿島に偽宮を造り、新皇と称した。
将門を守り本尊とする西林寺を訪れた際の挨拶句。将門の幻想を月夜が象徴する。