月の詩情(4/12)
□漢詩・漢籍・伝説を踏む
芭蕉、蕪村、一茶の中では、蕪村の作品に圧倒的に多い。蕪村は
漢詩文を自作するほど漢学の教養を備えており、芭蕉以上であった
ことが、作品の多さからも分る。
馬に寝て残夢月遠し茶のけぶり 芭蕉
杜牧の「早行」(「鞭を垂れて馬に信(まか)せて行く。数里いまだ鶏鳴
ならず。
林下に残夢を帯び、葉の飛ぶとき忽ち驚く」)を踏む。芭蕉の『真蹟懐紙』
には、「夜深に宿を出でて明けんと せしほどに、杜牧が馬鞍の吟を
おもふ」とある。
菜の花や月は東に日は西に 蕪村
日と月の対称的大景を詠った先行作(陶淵明、李白、人麻呂など)の系譜につながる。
蕪村の時代(明和年間)に出版された『山家鳥虫歌』に丹後地方の盆踊り歌として、
「月は東にすばる は西に、いとし殿御(とのご)は真ん中に」が載っている。
また李白(古風)に「日西月復東」の一節あり。
汗くさき兜にかかる月よ哉 一茶
前書に「六月」とあるが、詩経小雅の詩篇名。これは周の宣王が酷暑の六月に北伐を命じ、
凱旋した将軍を称美する詩。句は凱旋した月夜の将軍をリアルに描いた。
□和歌(西行以外)を踏む
今宵誰よし野の月も十六里 芭蕉
『新古今集』源頼政の歌「今宵たれすずふく風を身にしめて吉野の嶽(たけ)に月を
見るらむ」を本歌とする。伊賀上野「無名庵」にて月見の宴を催した折の句で、
伊賀上野から吉野までは十六里の道のりだ、と詠んだ。
むめのかの立(たち)のぼりてや月の暈(かさ) 蕪村
藤原定家「大空は梅の匂ひに霞みつつ曇りもはてぬ春の夜の月」(新古今集)の本歌取。
水の月やよ望(もち)にふる雪歟(か)とぞ 蕪村
万葉集・高橋虫麻呂の歌「不尽のねに降り置く雪は水無月の十五日(もち)に消ぬればその夜
降りけり」を本歌とする。水面を照らす名月の光を望にふる雪と見立てた。