天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

わが歌集・令和三年「封じ手」

  競売に高値つきたり最年少藤井聡太封じ手のメモ

 

     ゴミ捨て   七首

  熟睡(うまい)せる犬を離れて隠れたり目覚めし時のうごきを見むと

  目覚むれば主をらざり見まはして隠れし彼をみつけ寄りゆく

  断捨離を前にためらふととのへし入選句歌のあまたのファイル 

  あまたなる入選句歌の切抜きを読みてさしぐむ長き歳月

  ゴミ捨ては月、火、木、金わが担当家事のおほかた妻にまかせて

  死刑囚を立たせる場所の目印は床に四角の枠画かれたる 

  生命はすべて死すものあらためて日々のくらしの価値を思へり 

 

     草木   七首

  老衰しマットの上に横たはる犬にしやがみて老婆話すも 

  昼日なか寝てばかりゐる老犬を見てはわが身の行方をうれふ 

  バス停のベンチに散れる鳩の糞すき間みつけて尻を下ろしぬ 

  コロナ禍にリモートで見るさみしさよ孫の合奏全国大会 

  草木にもいのちやどるをしみじみと見つめてゐたり草刈の跡 

  そのかみの森に育ちし楠の木はいま庭園の空にそびゆる 

  周辺の草木萎(しを)るる庭隅に白あでやかなアスピリンローズ 

 

     歳月   七首

  根方からヒマラヤスギを見上げたりこの地に生ける長き歳月

  周辺の草木萎(しを)るる庭隅に白あでやかなアスピリンローズ

  花束をためつすがめつ検査するバス停わきの生花店の朝 

  朝日さす芝生に降りし四十雀われを見つめてしばし動かず  

  丈高き銀杏のもみぢと黄をきそふヒイラギナンテン空に向く花 

  それぞれの歳月おもふこの森に今年の暮をもみぢせる木々 

  老人の患者の多き泌尿器科週日なればあまり気にせず  

 

     いのちさまざま   七首

  日の丸の白地にちりし血しぶきは三島由紀夫の覚悟なりけり 

  もみぢせる大樹見上げてその名前記憶にさがす師走の森に 

  年とりて転ばぬ先の杖さがすどんな杖かはころびて分る 

  菜の花の苗を植ゑたる一角にシート張りたり霜を恐れて 

  箱内(うち)の電温マットにねそべりて外ゆく人を犬は見てをり 

  昨夜見し火球は何の前兆(まへぶれ)か一夜明くればわが誕生日 

  「むくろじ」の手書き立札読みとりて上見あぐれば裸木なりき 

 

     同窓会はオンライン   七首

  健康を維持せむとして森をゆくリスの呼吸のリズムに合はせ

  それぞれの犬つれつどふ家族らの春の芝生をながめてゐたり 

  東海道鉄砲宿の街路樹のみかん輝き希望のごとし 

  老犬の今日はいかにとのぞきこむ部屋のはなれに咲く梅の花 

  コロナ禍の同窓会はオンライン白髪のめだつ顔をならべて 

  それぞれに病かかへて友ら生くオンラインに見る同窓会に 

  一木(いちぼく)に巻きつき枯らし隣木(りんぼく)に枝のばしたり絞め殺しの木は  

 

     記憶   七首

  いくたびも忘れいらだつ言葉ありフォッサ・マグナにバクテリアなど   

  青ざかな認知症にも効くといふわが好物の焼き鯖の寿司         

  曲と詩がひびきあふ時歌謡曲人のこころにあかりを点す         

  花咲けば命のちから目に見えてハクモクレンの一生(ひとよ)しのばゆ       

  寝ころびて一日テレビを見てをれば体力おちて病みてゆくなり      

  「まる」死してシクラメンのそばに横たはる 頭なでやる養老先生    

  骨壺と遺影ならべて呆然と「まる」を偲べり養老孟司       

 

     春の庭園   七首

  いつどこに屍をさらす三月のさくらの花の蜜吸ふ小鳥 

  外灯はオオシマザクラの腰のほど点りて照らす根方の道を 

  墨入れの壺が名前の由来とぞタチツボスミレの花を凝視す  

  顔面を近づけ測る体温はコロナうたがふ値にあらず  

  スマホ見る主人のそばに寝そべりて大あくびせりうたた寝の犬  

  花ちれば忘れてしまふ庭園の道の辺にある細き海棠 

  ムスカリアジュガの見分けつけがたし庭にくるたび名札確かむ 

 

     予約   七首

  三十年共に暮らせるアマリリス玄関、居間に株分けの鉢 

  蛍光灯つかなくなりぬLED電灯に換へ心はれたり 

  診察を待ちて居眠る泌尿器科老人患者の多き金曜 

  ネモフィラミヤコワスレと紛らはし両者の間を右往左往す 

  外灯を樹下にかかへてそびえ立つ天をめざせる樅の大木 

  電話でもWEBでも予約とれがたし新型コロナのワクチン接種 

  寝そべりて今日も外見る檻の犬目ぢからいまだ衰へずあり 

 

     ワクチン接種   七首

  北極の永久凍土とけはじめ太古のウィルスよみがへるらし

  買ひ物に出かける朝(あした)やすやすとマスク忘れし妻を叱るも

  長き間を椅子に座りて妻まてば両手にもてぬほどの買ひ物

  前立腺肥大症にと処方さるシロドシンOD錠4ミリグラム 

  次々に案内係の現れてワクチン接種の場に導けり 

  二日ほど鈍き痛みのつづきたりワクチン接種の注射の痕は 

  秒針のうごきを見てはやるせなきわが残生の時間を思ふ 

 

     診察   七首

  噛みあてしもの吐きだせば歯にうめし金具なりけりつくづくと見る 

  エアコンの温度せっていあれこれと変へるをみれば腹立ちにけり 

  クリニック休みあけには混みあひてマスクせる人列なして待つ 

  診察を待つま見てゐるテレビには3Dプリンターの用途かいせつ 

  コロナ禍の外出自粛を奇貨としてMLBのテレビみる日々 

  MLB、大雨情報切りかへてテレビ見てゐし梅雨のさなかを 

  神妙に椅子にすわりて十五分コロナワクチン接種をはれば 

 

     ショータイム   十四首

  エンジェルス投手大谷のデビュー戦球速百六十キロで勝ちたり

  初ホームラン打ちてもどれば無視あとのもみくちゃに会ふ祝福なりき

  「ショータイム」すなはち大谷翔平の活躍による呼び名となりぬ

  トミー・ジョン手術復帰後二戦目に初ヒット打つ二十四歳

  二塁打を狙ひて打席に立つと言ふホームランではないと大谷

  翔平がホームラン打つたび出迎へて首だきしめるイグレシアスは

  敬遠の打席増えたり異次元の打者なればと言ふ相手監督

  折れ飛びしバット拾ひて手渡せる所作うるはしとファンを魅了す

  翔平の枕一万四千個くばられ祝ふ二十七歳

  自打球の痛みに耐へてホームラン松井の記録越えて最多に

  日本人初めてとなる大谷のホームランダービー出場かなふ

  DH一番にして大谷は先発投手 オールスター戦

  翔平のオールスター戦終るころ夕陽がしづむロッキー山脈

  大谷の一人二役二刀流MLBの歴史にのこる

 

  練習は社宅の部屋をしめきりて子はバイオリンわれはフルート

 

     風貌   七首

  コロナ禍の自宅療養推進を医者ではなくて大臣が言ふ 

  テレビ見てごろ寝にすごす生活は運動不足の眩暈をきたす 

  朝起きて鏡見るたび気が滅入る外出自粛の果ての顔つき 

  かかりつけの医者に電話はかからざりコロナ禍なれば不安つのり来 

  人付き合ひめつきり減りてたまに会ふ人驚かすわが風貌は 

  密接をいとひて顔をしかめたり老人夫婦がとなりに座る 

  ハーモニカ自在に吹きし少年期 八十路を前にわがなつかしむ  

 

  渋柿を干し柿にして食うべけり留学先のロスアンジェルス

 

将棋盤