天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

わが歌集・令和二年「予兆」

     颱風の合間   七首

  テーブルに懐中電灯ひとつ置き颱風くるをおびえて待てり

  バス停のベンチに鳥の糞あればよけて座りぬすずめ啼くとき

  なまぬるきバスの車内に見はるかす空に予兆の颱風の雲

  ランチタイムはライス無料の焼き肉店パート募集ののぼりはためく

  灰色の雲のかたまりつらなれり向かふは今日も被災地の空

  グリーン車の窓際の席マスクせる男がねむる秋の日ざしに

  あらためて数のふしぎにおどろきぬ「博士の愛した数式」を見て

 

     散策   七首

  道灌がすまひし屋敷跡なりき英勝院のたてしお寺は

  寿福寺の裏山道にぽつねんと太田道灌のちさき墓あり 

  頼朝の無表情なる像ありて桜もみぢははや散りはてつ 

  紅葉の林のなかにしづまれり吾妻神社と浅間神社 

  身をなげて神のいかりをしづめしとふ弟橘媛の笄(かうがい)まつる 

  梅沢の地名の由来といひつたふ弟橘媛の袖うめし場所 

  紅毛のをさな児ひとり手をあはす聖観世音はつか笑まへり 

 

     生きがひ   七首

  生きがひを見つけむとして読みはじむ『宇宙と宇宙をつなぐ数学』

  公園の広場にあまたどて南瓜ころがりをりて園児らが乗る 

  ひがし君の訃報を読みてなつかしむ五十年目の同窓会を 

  深海魚アブラボウズはみた目には煮ても焼いても食へさうにない 

  永福寺跡の発掘をはりたり鴨のあそべる青き庭池 

  紅葉の道はいそぎて通るべしカメラかまへて待つ人あれば 

  颱風に裂かれし幹の大木は倒れしままに放置されたり 

 

     カテーテル   七首

  庭園の芝生にあそぶ犬たちは冬の胴着を身につけてをり  

  尿道カテーテル挿し排尿の難をさけたり年ゆかむとす 

  診察の順番まちて見るテレビ食欲わかぬ料理番組 

  血尿をカテーテルに見て仰天し泌尿器科にゆく正月四日 

  カテーテル下着にはさみ帰途につくバスを恐れてタクシーに乗り 

  「短歌人」新年号にさがし読む不安かくせぬ闘病のうた 

  エアコンをつけて気になる湿度計乾燥さけてしきりお茶飲む 

 

  よろこびを白き花さく野に見れば山の桜も間なく咲くらむ

 

     折に触れて   七首

  栄養の宝庫といへど見た目には寄りつきがたしドラゴンフルーツ

  五十年たちて同期の訃報あり次は自分とメール飛び交ふ

  日本一海底ふかき駿河湾アブラボウズ釣れくぢらジャンプす

  子にむかひ話すがごとくながながとひとりしやべれり座席の老婆

  さまざまの解釈あればさまざまの宗教、宗派出でて争ふ 

  為政者を味方につける政策の具体がほしいグレタ・トゥーンベリ 

  歩かむとしてたちどまる老犬を「さあ散歩でしょ」と綱引く老女 

 

  数学を好む友ゐて日々切磋琢磨せし高校時代なつかし

 

     カポックと暮らす   七首

  転勤の折にもらひしカポックの若木(をさなぎ)いまは成木となる

  引越しのたびに連れ来しカポックは居間に居場所をもらひて静か

  こどもらと共に育ちしカポックは夫婦のもとに残りて暮らす

  四十年ともに生き来しカポックは夫婦ふたりの心うるほす

  夕光の窓辺に立てるカポックは夫婦喧嘩に小枝を落とす

  われら亡きあとのこの木の行く末を思ひてなやむもらひ手ありや

  のぶ君と名づけて行方見守らむわれら亡くとものびのび生きよ 

 

     外出自粛   七首

  新型のコロナウイルスを恐れつつびわ湖マラソンをテレビに見たり

  樹齢千五百年とぞウイルスに負けてはならぬうすずみ桜 

  外出せぬ運動不足の解消にテレビ見ながらガニガニ体操 

  グラウンドの縁に腰かけ凧あぐる老人ひとり外出自粛 

  満開のさくらははやも散りそむる介護老人施設をかこみ  

  三密を避けてさんぽは農道に沿ひつつぞゆくスカンポの花 

  田の畔にたらの芽を摘むただひとりCOVID-19をしばし忘れて 

 

     やるせなし   七首

  やるせなき外出自粛を見こしてかさんぽ指南のテレビ番組 

  おたがひの犬のやうすをよこ目にし首やあたまをかい撫でてをり 

  じゆれい千五百年なる大ケヤキその樹皮とりておまもりとせり 

  風にくるてふの羽音か朝おきてきき耳たつるカタクリの花 

  訪ふたびに床に顎のせねむりをり老犬一頭ガラス戸の内  

  いちにちを家に巣ごもる退屈をいやすテレビの番組もなし 

  ていゑんに青空市場の開きたりキャベツひと玉かひてかへりぬ 

 

  自動車をとめて肉屋へゆく人を後部座席の犬が見まもる

 

     ロボット俣三郎   七首

  「俣(また)三郎(さぶらう)のお家」と書ける手づくりの車の小屋を蜂がうかがふ

  どこで誰があやつるのだらうロボットの俣三郎は庭を自走す

  芝刈りのロボットといふ俣三郎芝生の下の線路に沿へる 

  目の前に障害物のあるときはともかく向きを変へて進みぬ 

  小さなる自動車ロボット俣三郎庭を見まはり車庫に入りたり 

  うぐひすのこゑけたたまし梢から俣三郎のお家見下ろす 

  わが背丈越えて咲きたり江戸の世にオランダから来し朝鮮薊(アーティチョーク)は

 

     災害と日常   七首

  新型コロナ・ウィルスにかかりし養豚場ぶたの行く先なくなりしとぞ

  家族五人だれが使ふか配られしマスク二枚をまづは洗濯

  生きのこり罪の意識にさいなまる家倒壊の水害の村

  大雨に倒れし杉のご神木千三百年の樹齢終へたり

  食器あらひ、ドアの開け閉め 鋭き音のすればたちまち耳が逆立つ

  買ひ物に携帯電話をもちゆかぬ妻に怒りてひと日すぎたり

  葬式の遺影にせむと若き日のアルバムめくる断捨離の前

 

  来しかたの悔いはのこりて夢に出づ夜中叫びて目覚むることも

 

     夏の果て   七首

  晴天の公園内に放送のかみなり注意報に驚く

  昼間にはMLBを夜からはプロ野球見るコロナ禍の夏

  罰則をともなふ予防対策をためらふ政治を医者が叱咤す 

  捕虫網母にもたせてカブトムシ入れたる箱を子がもち歩く 

  なつかしき演歌を聴きて若き日の歌手を賛美す夫婦の夕べ 

  夏ばての身に一瞬の冷気くる種なし葡萄の種噛みあてて 

  つれあひとスマホに話す練習を始めてゐたり老のすすみて 

 

     折にふれて   七首

  喝采を浴ぶることなき日々なればか細く見ゆる大谷翔平 

  蝉声をあびてあゆめる公園にかみなり注意報ながれたり

  青空にあまたの枝をひろげたるヒマラヤスギの歳月を想ふ

  帰宅して本に名前を確かむる車窓に見しは狗尾草と

  金星の雲に命のあるあかし ホスフィンを見つけしニュース騒がし

  寝室に書類をやぶる音すなり妻のはじめしひとつ断捨離 

  つんどくの書物をあまた束にしてゴミ収集車に出す金曜日 

 

アブラボウズ