天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

果物のうたーレモン(1/2)

 レモンの原産地はインドのヒマラヤ山麓。日本のレモン栽培は明治6年静岡県で栽培が開始された。(参考: フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』)
 レモンの歌には、比喩が多く使われているようだ。

 

  夜ふかくしぼるレモンの滴滴の一滴ごとにつのりくる哀
                     山田あき
  檸檬搾り終えんとしつつ、轟きてちかき戦前、遥けき戦後
                     岡井 隆
  百千のレモンの山をくずれゆく一顆が白し海の薄暮
                    馬場あき子
  いつまでも木枯しは胸に鳴りつづき卓上にあるレモン黄金
                     松坂 弘
  目の前にありて遥かなレモン一つわれも娶らむ日を怖るなり
                     寺山修司
  催涙ガス避けんと密かに持ち来たるレモンが胸で不意に匂えり
                    道浦母都子
  待たれゐる死と知りてよりながきかな夜のレモンの断面ひかる
                     滝沢 亘
*滝沢亘は、少年時より肺病と闘い、サナトリウムに入りながら作歌活動を続けた。
 常に死を眼前に意識しながら歌に向かっていたようだ。享年41。

 

  泥濘にレモン沈める夕ぐれの心のなかに塔は直(すぐ)立つ
                    百々登美子
*二句切れであろう。泥濘にレモンを沈めたのは、作者の心意気の表現か。

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レモン

 

果物のうたー柘榴

 柘榴はミソハギ科ザクロ属落葉小高木、また、その果実のこと。原産地については、
西南アジア、南ヨーロッパ北アフリカ など諸説ある。日本には923年に中国から
渡来したという。(参考: フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』)

 

  夏の蚕(こ)はいまだ稚(おさ)なし。
  背戸にそひ
  柘榴のはなのあかく咲きゐる。     石原 純

 

  机なる柘榴ゆびさし見飽きなば賜(た)べよ喰べむと吾子の言ふなる
                     若山牧水
*牧水は柘榴を机の上に置いて見詰めていたのだ。傍の子供はじれて、見飽きたら
 頂戴、食べるから、と父親に言った。

 

  女(め)の童(わらは)あかき石榴を掌(て)に置きてゐやまひ正し九九をこそよめ
                     北原白秋
*石榴を掌にのせて、居ずまいを正して九九を読む女の子とは、珍しくも
 微笑ましい。

 

  とり落さば火焔とならむてのひらのひとつ柘榴の重みにし耐ふ
                     葛原妙子
*口を開けた赤い柘榴の実と火焔との対比。

 

  フラスコの球に映れる緋の柘榴さかしまにして梢に咲けり
                     葛原妙子
*この柘榴は、花の咲いている樹を指しているようだ。

 

  まなじりを上げておもえば短か夜を石榴の花の散りつくす風
                    馬場あき子
  再びの薄暑到りて肌(はだへ)うすきあはれのなかに柘榴熟れゆく
                     安永蕗子

 

     露人ワシコフ叫びて石榴打ち落す 西東三鬼
     大津絵の鬼出て喰ふ柘榴かな  黒田桜の園

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柘榴

果物のうたー枇杷(2/2)

  事、平和に関りてより黙(もだ)ふかく枇杷食へりわれら膝を濡らして
                     塚本邦雄
  枇杷の汁股間にしたたれるものをわれのみは老いざらむ老いざらむ
                     塚本邦雄
枇杷の汁を股間に垂らしてしまったところから、自分の歳や今後が思われて
 自分だけは老いないでいたい、と詠んだのだろう。

 

  洗はるるつぶら枇杷の実つめたきを両掌にうくる手のかなしさや
                      篠 弘
  アルバイトわが終えくれば一籠のつぶらなる枇杷とどけられいき
                      篠 弘
  枇杷食めるこの夕あかり夜みえて苦しみの種子かわれの眼(まなこ)は
                     前登志夫
*食べている枇杷の種子が、眼を連想させたところからできた作品と思われる。

 

  おもひなく見てゐし枇杷の白き花陽あたる花に蜂はあつまる
                    石川不二子
  枇杷熟れる宵々なりき降り次ぎてほのくらがりは母をつつめる
                     松坂 弘
枇杷の実の熟れる頃の幾日か、夕刻に作者は母と共に次々に階段を降りて
 行くことがあったのだろう。母を介助している様子が見える。

 

  創世の神話宿らせゐるやうに皿につややかな枇杷種子ふたつ
                     松岡裕子
*林檎や柘榴は創世神話に登場するが、そこからの連想で作者は枇杷にも
 創世神話が宿っているように感じたのだろう。

 

     黒衣より掌を出し神父枇杷をもぐ  津田清子
     マリヤ観音面輪愁ひて枇杷青し  水原秋櫻子
     青枇杷や九十九折なす島の道    石川桂郎

 

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枇杷の実

果物のうたー枇杷(1/2)

 枇杷の原産地は中国南西部。日本には古代に持ち込まれたと考えられており、
主に本州南部や四国や九州に分布する。開花は11月〜2月、摘果を3月下旬〜
4月上旬。(参考:フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』)

 

  しめやかに雨過ぎしかば市(いち)の灯はみながら涼し枇杷うづたかし
                     長塚 節
  枇杷の木にみじかき梯子(はしご)かかれどもとるとはかけしいまだ青きに
                     長塚 節
*なんともややこしい詠み方になっている。枇杷の木に短い梯子が掛かっている。
 枇杷の実はまだ青いのに、とろうとかけたのだ。という内容。

 

  大き枇杷もぎておとせば吾(わ)弟(おと)らが麦藁帽にうけてけるかな
                     北原白秋
  枇杷の新芽白く立ちたる御陵みちここを遠からず真弓の岡は
                     松村英一
*真弓の岡とは、草壁皇子が葬られている御陵を指す。奈良県飛鳥の南西部に
 あるらしい。

 

  冬かけて実をし結ぶと枇杷の樹はさしも寂しく花咲きにけり
                     植松寿樹
  苦しみて生きつつをれば枇杷の花終りて冬の後半となる
                    佐藤佐太郎
  枇杷の実の黄にいろづきし窓外の一木(ひとき)をりをり風にもまるる
                    佐藤佐太郎

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枇杷

 

果物のうたー林檎(3/3)

  すりおろす林檎は忽ち錆びてゆきかすかに虫の飛ぶ音がする
                     大西民子
*なんとも孤独な生活を思わせる。

 

  林檎割れば林檎の種のこぼれ出(で)ぬ円(まろ)く小さく堅き林檎の種
                     都築省吾
  黄の林檎一つ置かれて輝ふに遠き風のみわれは聴きゐる
                    久方壽満子
  朝あさを籾(もみ)の中よりさぐり出すかそけき狩のごとしりんごよ
                     高安国世
  林檎より剥(む)かれゆく皮ゆらゆらと女体に沿ひて下降する見ゆ
                     高野公彦
*女性が林檎の皮をむいているさまを、作者はすこし離れて見ているのだが、
 女体と出て来るとこの女性は、裸であるような感じを受ける。

 

  王林もネロ二十六号もわれも子も昭和を生れて実るうつしみ
                     今野寿美
王林もネロ二十六号も青森県で交配により産出された林檎の種類である。
 王林(青色)は昭和27年、ネロ二十六号(鈍紅色)は昭和36年に世に出た。

 

     空は太初の青さ妻より林檎うく  中村草田男
     りんご撰るたのしさ咳を忘れゐて  目迫秩父

 

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林檎

果物のうたー林檎(2/3)

  りんごの花のゆふべは霞(かす)むほの明りたどりて何に逢はむとはする
                     斎藤 史
*作者の心の在り様が分かる気がする。

 

  青りんごあをく削がれし夜の卓 たちまち錆びて夏のとき過ぐ
                     斎藤 史
  黄金(きん)いろの林檎の肌にたはむれの如く一刷毛の紅ある不思議
                     田谷 鋭
  リンゴふたつ両手に握りアトムのようだと言われるまで待つ
                     高瀬一誌
*高瀬一誌の短歌の特徴のひとつだが、第三句を省略している。漫画の主人公・
 鉄腕アトムが両手にリンゴを持っているシーンを私は見たことがない。
 外観の印象だろう。

 

  めぐりあへず林檎三つを求むれば果実の目方量(はか)られたりき
                     前登志夫
*「めぐりあへず」の目的語が人なのか物なのか不明。店先で目方売りの林檎
 三つを買ったのだが。

 

  日の当る林檎おかれし卓あればなべて平安といふを憎みつ
                    尾崎左永子
  噛むやがて林檎の酸ぞ沁みとほる若きものはかく新鮮にして
                     植松壽樹

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林檎

果物のうたー林檎(1/3)

 林檎は、バラ科リンゴ属の落葉高木樹、またその果実のこと。原産地は北部コーカサス地方という説が有力。世界中では数千から1万以上の品種が存在するという。日本には、古く中国からもたらされた和リンゴがあった。西洋リンゴは、安政元年(1854年)に、アメリカからもたらされ、加賀藩下屋敷(板橋宿)で栽培され、翌年に実をつけたために食用にされたという記録がある。(出典: フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』)

 

  君かへす朝の舗(しき)石(いし)さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ
                     北原白秋
*不倫の女性との一夜が明けて、女性を送り出す朝の情景を詠んだ歌で、
 あまりに有名。

 

  一日の安居(あんご)をはりて楼(ろう)を下り成れる林檎をなでてみて帰る
                     土屋文明
*安居とはもともと、インドにおける雨季の間に寺院や一定の住居にとどまって
 外出しないで修行することを意味する。日本の禅宗では夏と冬に安居を行う。

 

  早生の津軽のりんごかたく酸し噛みて亡き吾娘(あこ)のごとしと思ふ
                     五島 茂
  一冬(ひとふゆ)の過ぎむ心か林檎煮るにほひ香(か)に立つ夜(よ)の部屋の内
                     柴生田稔
  幹太き林檎の根かた雪解けの水は浸して雪(ゆき)塊(くれ)うかぶ
                    窪田章一郎
  さらぼひつつ来りし一人敏捷にて敷石に置く林檎又煙草
                     小暮政次
*「さらぼう」とは、やせて骨と皮ばかりになる、という意味だが、「さらぼひつつ」
 とは、その途上にあることか。敏捷な動作との対比が異様に感じられる。

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林檎