天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

短歌人・横浜歌会3月

A 題詠「分ける」


  黄と黒とオレンジ色に分けられしベルギーの旗に似る蜂が飛ぶ
                             〈金沢〉
*国旗と蜂を結びつけた。結句まできてなるほどと驚き納得。
 これが逆順では説明になり全く面白くなくなる。色数を全部出さなくても
 よいのでは、との意見が出た。


  廃るもの廃れぬものの匂ひあり言葉ひとつを嗅ぎ分けてゐる
                             〈川井〉
*「匂い」を「嗅ぐ」とすると重なる感じになり、予定調和的で面白みが減る。
 上句が観念的であり、下句が動き得る、との意見あり。


  飯粒を宏ちんは雰ちのぶちんは拾ひてゐたり目白に見らる
                             〈若林〉
*老夫婦の日常がメルヘンとして詠われている。「‐‐ちん」という
 言い方は少し特殊というか品がないので、気になる人が多いかもしれない。


  主婦業と学生生活分けるため夕方六時を分岐点とす
                             〈青柳〉
*「分ける」「分岐点とす」はダブルので別の言い方にすべき。また、
 「‐‐ため」は説明・散文になるので避けたい。


  花どき季を分ける一樹の白椿めじろに濃ゆき蜜を献ずる
                             〈酒井〉
*初句の解釈が複数でてくる。白い花が咲く一本の椿にも早く咲く花、
 遅く咲く花がある、というのか梅や櫻の後に白椿が咲くというのか、
 庭にあるいくつかの椿でも白椿が遅くあるいは早く咲くというのか、等。
 めじろにとっては、継続して蜜が吸えるのでありがたいことであろう。


  街灯をさけて分け合ふチヨコレート甘くてにがいじゆうひち十七歳の味
                              〈岡田〉
*上句からは、戦前の若い男女の逢引場面が浮ぶ。若きころの思い出を詠ったも
 のであろう。


  絶えて解く方程式のなかりせばましてしのばゆ因数分解 
                              〈秋田〉
万葉集古今集の和歌の韻律に、全く現代風な数学の言葉を使った意欲作。
 ただ、出席者にとって、方程式を解くことと因数分解との関係がもはや
 忘れて判らなくなっているので、歌の意味がとれない、短歌人の詠草に
 投稿して反応をみたら、との意見であった。
 → 後日談だが、小池光は「短歌人」の詠草として採ってくれた。
  


B 自由詠


  総身を包みマスクせばアラブ女に見ゆるか眼の力がちがふ
                              〈川井〉
*全体が破調であり、高瀬調にしてみたか。初句が曖昧。通常は服を着て
 いるので大体が総身を包んでいる。むしろマスクがよけいなので、
 別の言い方でこの曖昧さをなくしたらどうか。日本人の女とアラブ女と
 では眼の力がちがふ、ということはよく解る。


  地下鉄に目薬をさす男ゐてくしやみ止まらぬ春ふかみかも
                              〈秋田〉
*何を言いたいのか判らない、初句が動くのでは、といった意見が出た。


  国を盗む哲学などと大それたことは言ふまい盗み酒する
                              〈若林〉
*「国を盗む哲学」という時、読者に何が伝わるかが問題。それが
 「盗み酒する」という状況に対応しているのだが。「盗み酒する」
 というのは、家で夫あるいは妻の目を盗んで、好きな酒を冷蔵庫なり
 から取り出して飲む、ことなのであろうけれども。


  吟遊の野に生うる草かっきりと一途に伸ぶる分子保ちて
                             〈酒井〉
*結句の解釈が問題。生化学的に捉えて、草が一途に生長するのだから、
 その分子は確かに規則正しくまっすぐに並んでいるのであろう、と考える。
 吟遊に出た野で見た草の勢いを、このように感じたのである。


鵯の来てブロツコリーを啄みぬ胃の腑はみどりのさ小庭であらむ
                              〈岡田〉
*面白い視点の歌。上句と下句の対応が自然でありながら驚きを誘う。


  文通が復活しそうな兆しあり期待を込めてペンを取る夜
                              〈青柳〉
*夜で終っているところが、意味深な文通内容を想像させる。ただ、
 「兆しあり」と言って更に「期待を込めて」では予定調和であり、
 ダブリの感があるので、別の言い回しにしたい。


  なんとなく今の気分にふさわしき濃き豹柄をまといて歩く
                              〈金沢〉
*濃き豹柄が象徴するのは、高揚し胸を張って堂々と歩きたい気分であろう。
 こんなオーバーを着た女性がくると、男は道を譲ってさけるであろう。
 豹柄が初句にふさわない、との意見が出た。