天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

松の根っこ(14/15)

赤牛

取り合せ
三鬼俳句は総じて取り合せ(コラージュ)といってよいくらいであるが、ここであらためて特徴的なものを見ておく。
   爪とぐ猫幹ひえびえと桜咲く
花咲く桜木の幹に猫が爪を当てて研いでいる。ひえびえと花が咲いている、という主観はありきたりだが、爪と響きあう点が見所。
   七面鳥ぶるんと怒るサイレン鳴る
何のサイレンか不明だが、七面鳥と組合せ、かつ怒ると主観を入れたところに特徴が出た。
   頭悪き日やげんげ田に牛暴れ
初句の頭悪き、を俳句に入れたところが非凡。中七座五も見栄えがするが、取り合せで一等地を抜いた。なお牛の句では他に、
   大旱の赤牛となり声となる
という秀句があるが、盟友秋元不死男の「すみれ踏みしなやかに行く牛の足」「冷されて牛の貫禄しづかなり」などと比較すると両者の性格の違いまで偲ばれるほど対照的である。
   犬の蚤寒き砂丘に跳び出せり
犬好きの俳人は多いだろうが、この着目、発想は稀ではなかろうか。なお、三鬼が飼った犬には、代々「ベン」という名前を付けていた。その愉快な由来は、小説『続神戸』に出ている。犬の句にも感性鋭き佳句が多い。犬獲りの句以外に「犬眠る深雪に骨をかくし来て」「栗咲けりピストル型の犬の陰(ほと)」「犬を呼ぶ女の口笛雪降り出す」など。
   薄氷の裏を舐めては金魚沈む
冬の池を想像すれば殊更特異な光景ではないが、相反する季語(薄氷、金魚)が入っているため幻想的な情景のように感じられる。三鬼の巧さがよく出ている例句である。