天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

蕪村と子規

 正岡子規の句集(岩波文庫)を読んでいるが、与謝蕪村
影響を強く感じる。子規は芭蕉より蕪村を高く評価したので
当然のことかもしれない。例えば、初句切れに例をとると、
 蕪村の句
    しら梅や北野の茶店(ちゃや)にすまひ取
    春雨やものがたりゆく蓑と傘
    山吹や井手(ゐで)を流るる鉋屑
 子規の句
    口紅や四十の顔も松の内
    薮入や思ひは同じ姉妹
    五月雨やともし火もるる藪の家
といった具合。同様な例は二句切れについてもある。
 ただし、俳句は五七五の短い形式なので、これだけでは
皆同じ作りになってしまう。両者が似ているのは内容であり
取り合わせからくる物語性であろう。子規は大方が病臥の
人生であったせいか、蕪村に比べて視点が繊細な印象である。
 俳句の表現技法は、多分開拓されつくしているのであろう
から、結局のところ、内容と言葉の斡旋が残された工夫の
しどころであり勝負ところであろう。