天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

土牢

鎌倉宮の薪能舞台

 三連休の初日を、鎌倉宮覚園寺で過ごす。鎌倉宮入り口由緒書の掲示板に次の三首を見る。

愚なる身も古に生れなば君が頼みとならましものを
              水戸斉昭
さしのぼる鎌倉山の秋の月ひかりさやかに
今照しけり         三條実美
今日ここに忍び申さんこともなし落る涙を
ただ聞召せ         落合直文

 今夜と明日夜、鎌倉宮では恒例の秋の薪能が開催される。階段状に椅子を並べ、舞台の四隅には青竹を立てている。篝火を炊く石の盧も築いてある。しかし、いまにも雨が降りそうだ。
 覚園寺には十一時前に着いたが、ちょうど十一時から僧侶による境内の案内が始まる。前回きた時は、ひとりだったので案内の僧侶とふたりきりでちょっと間が悪く気の毒な思いをした。なにせ、五十分ほど案内してもらって拝観料は三百円なのだ。今日は、四人の同行者がいる。今日から鎌倉国宝館で覚園寺展が開催されるので、本尊の薬師如来日光菩薩月光菩薩を除き、諸仏が出払っている。その代わりに歴代住職の墓処に案内してもらえた。初代と二代目の立派な宝篋印塔が二基とその周りに小さな石塔がたくさん並ぶ。杉木立の息吹が神聖な雰囲気をかもす。
 帰りは、鎌倉国宝館に寄って覚園寺展を見た。

   夜ごと呑む芋焼酎に弱まるかかみしむる歯の凍むるごとある
   をののきて首おき去りし浅茅生(あさぢふ)の石もつゆけき
   御構廟(おかまへどころ)

    *御構廟(おかまへどころ)=護良(もりなが)親王首塚
   楠木立茶道きはめし宗久の歌碑に揺らめく木漏れ陽の影
   九ヶ月幽閉されし親王の歯軋り聞こゆ土牢の奥
   青白き屋根に映れる楠の影虫の音しげき大塔宮
   國ヲ肇ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹ツ・・・緑青出でし教育勅語
   なにごとか起こるを期して入りゆけり食事喫茶の
   「鎌倉夫人」


   奥深き薬師ヶ谷戸の杉木立宝篋印塔二基ふりて立つ
   直立ちの隅かざりあり薄暗き谷戸の木立の宝篋印塔
   奥深き薬師ヶ谷戸の道をきて榧の木の実を拾ひて嗅げり
   七十年たてば大木この谷戸に成長はやきあけぼの杉は
   谷戸深くどんぐり踏めば大いなるやぐらの闇に蝋燭ともる
   身替りに炎熱地獄に立たすとふ姿をさなき黒地蔵尊
   人増ゆる小町通りの秋ふかみ濡れ煎餅を食べつつ歩く


         能舞台露天につくる秋の鳶
         黴くさき土牢のぞく虫の秋
         土牢の格子あたらし鵙の声
         石組のつゆけき御構廟(おかまへどころ)かな
         秋風やなげきやまざる楠木立
         厄の名のかはらけ割るもつゆけしや
         蛇穴に入る参拝の谷戸木立
         蛇穴に入る闇ふかきやぐらかな
         驚けば蛇穴に入る谷戸の寺
         大いなる金木犀谷戸の闇