天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

御詠歌(1)

鏡花の池

 俳句結社「藍生」では、長年札所巡りの句会を施行しているが、七月号には坂東吟行の第二十三回として、逗子にある二番札所の海雲山岩殿寺が紹介されている。ただ、句会の内容が主体なので、寺の由緒と泉鏡花の句碑「普門品ひねもす雨の桜かな」のことだけにしか触れていない。
 この寺は、御詠歌の歌碑のオンパレードなのである。山門に向って参道の右沿いには、坂東三十三観音霊場の御詠歌がずらりと並んでいる。ただ、今の時期は紫陽花の陰に隠れて読みにくい。石段を登った観音堂の境内には、西国三十三観音霊場の札所御詠歌歌碑と番外札所の三基がまたずらりと並んでいる。碑が古びているので、よくよく見ないと気がつかない。さらに登った山頂には、秩父三十四観音霊場札所御詠歌歌碑が、またずらりと並んでいる。
 御詠歌の特徴を見るために、秩父三十四札所の全御詠歌を次に書き写しておく。

第一番   誦経山・妙音寺
  ありがたや一巻ならぬ法のはな数は四万部の寺のいにしへ
第二番   大棚山・眞福寺
  廻り来て頼みをかけし大棚の誓も深き谷川の水
第三番   岩本山・常泉寺
  補陀落岩本寺と拝むべし峰の松風ひびく滝津瀬
第四番   高谷山・金昌寺
  あらたかに詣りて拝む観世音二世安楽と誰も祈らん
第五番   小川山・長興寺
  父母の恵も深き語歌の堂大慈大悲の誓たのもし
第六番   向陽山・卜雲寺
  初秋に風吹き結ぶ荻の堂宿かりの世の夢ぞ覚めける
第七番   青苔山・法長寺
  六道を兼ねて巡りて拝むべし又後の世を開くも牛伏
第八番   青苔山・西善寺
  ただたのめまことの時は西善寺きたりむかへん弥陀の三尊
第九番   明星山・明智
  巡りきてその名を聞けば明智寺心の月はくもらざるらん
第十番   万松山・大慈寺
  ひたすらに頼みをかけよ大慈寺六の巷の苦にかはるべし
第十一番  南石山・常楽寺
  つみとがも消えよと祈る坂ごおり朝日はささで夕日かがやく
第十二番  仏道山・野坂寺
  老いの身に苦しきものは野坂寺いま思ひ知れ後の世の道
第十三番  旗下山・慈眼寺
  御手に持つ蓮のははき残りなく浮世の塵をはけの下寺
第十四番  長岳山・今宮坊
  昔より立つともしらぬ今宮に詣る心は浄土なるらん
第十五番  母巣山・少林寺
  みどり子のははその森の蔵福寺ちちもろともにちかいたのもし
第十六番  無量山・西光寺
  西光寺ちかひを人にたづぬれば終のすみかは西とこそきけ
第十七番  實正山・定林寺
  あらましを思ひ定めし林寺かねききあへずゆめぞさめける
第十八番  白道山・神門寺
  ただたのめ六則ともに大慈をば神門にたちてたすけたまへる
第十九番  飛淵山・竜石寺
  天地を動かす程の竜石寺詣る人には利生あるべし
第二十番  法王山・岩ノ上堂
  苔むしろしきてもとまれ岩ノ上玉のうてなもくちはつる身を
第二十一番 要光山・観音寺
  梓弓いる矢の堂に詣で来し願ひし法にあたる嬉しさ
第二十二番 西陽山・栄福寺
  極楽をここに見初めて童子堂後の世までもたのもしきかな
第二十三番 松風山・音楽寺
  音楽のみ声なりけり小鹿坂の調べにかよふ峰の松風
第二十四番 光智山・法泉寺
  天照らす神の母祖の色かへてなほもふりぬる雪の白山
第二十五番 岩谷山・久昌寺
  水上はいづくなるらん岩谷堂朝日もくなく夕日かがやく
第二十六番 万松山・円融寺
  尋ね入りむすぶ清水の岩井堂心の垢をすすがぬはなし
第二十七番 竜河山・大淵寺
  夏山やしげきが下の露までも心へだてぬ月の影もり
第二十八番 石竜山・橋立寺
  霧の海たち重なるは雲の波たぐいあらじとわたる橋立
第二十九番 笹戸山・長泉院
  分けのぼり結ぶ笹の戸おし開き仏を拝む身こそたのもし
第三十番  瑞竜山・宝雲寺
  一心に南無観世音と唱ふれば慈悲深ガ谷の誓たのもし
第三十一番 鷲尾山・観音院
  深山路をかきわけ尋ね行きみれば鷲のいはやにひびく滝つ瀬
第三十二番 般若山・法性寺
  願はくば般若の船に乗りを得ていかなる罪も浮ぶとぞ聞く
第三十三番 延命山・菊水寺
  春夏や冬もさかりの菊水寺秋をながめに送る年月
第三十四番 日沢山・水潜寺
  万世の願ひをここに納めおく苔の下より出づる水かな

なお、岩殿寺自身の御詠歌は、
  たちよって天のいわとをおしひらきほとけをたのむ身こそたのしき

御詠歌の分析は、後日にしよう。


     あぢさゐのまだみづみづし岩殿寺
     御詠歌の歌碑書き写すやぶ蚊かな
     うぐひすや鐘楼にくる人もなく
     擬宝珠の花や鏡花の句碑にふれ
     花ぎぼし山門横に鏡花の句
     紫陽花や岩屋の奥に観世音
     供華絶えず梅雨の岩屋の観世音
     紫陽花や番外札所の歌碑三つ
     松蝉や番外札所の御詠歌も
     こもりくの鏡花の池やみづすまし
     病葉や鏡花寄進の池暗き
     以和為貴 栗の花
     
  坂東二番札所なりける岩殿寺岩屋の奥にこもりゐませり
  うすうすと蝉鳴く山の頂にわが書き写す歌碑の御詠歌
  岩殿寺海雲山の頂にやぶ蚊たたきて写す御詠歌


北朝鮮のミサイルはどこを狙うか?

  核兵器を持たずともよし原発を狙ひて打てるひとつミサイル
  誰の手をはなれて来しかバス停のバスがよけゆく青き風船