天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

十国峠

歌碑と初島(奥にかすむ)

 伊豆・駿河遠江・甲斐・信濃・武蔵・上総・下総・安房・相模の十国を眺めることができる箱根路の峠である。熱海駅からバスにのって訪れた。初島を望む峠の端に源実朝の次の名歌の碑がある。


  箱根路をわが越えくれば伊豆の海や沖の小島に
  波の寄るみゆ


金槐和歌集』に載っており、次の詞書がついている。

     箱根の山をうち出て見れば浪のよる小島あり、供の者に
     此うらの名は知るやと尋ねしかば、伊豆のうみとなむ申と
     答侍しをききて


実朝は父・頼朝に倣って、芦ノ湖の箱根権現と熱海の伊豆山権現の二所に何度も詣でた。箱根から熱海に出る峠が十国峠なので、この詞書の内容から、歌はここで詠まれたと考えられたのであろう。二十二歳の頃の作という。また小島といえば眼前の初島しかない。先のブログ(2008-03-21 初島)で既に紹介したように、初島にもこの歌の碑がある。山と海とで同じ歌の歌碑が向き合って立っていることになる。熱海市の配慮であろう。
 ちなみに、元になっている歌が万葉集にある。次の歌である。

  あふさかをわがこえくればあふみのみしらゆふ花になみたち
  わたる


峠から来宮神社を経て熱海に降りてくると、七湯のうちのひとつ「大湯」という源泉がある。ここには湯前神社があって、小さな境内に源実朝の次の歌の碑がある。ただし『金槐和歌集』には載っていない。

  都より巽にあたり出湯あり名はあづま路の熱海といふ

                      
このように実朝は熱海に関わる歌をいくつか詠んでいる。先ずは『金槐和歌集』に当って、どんな歌があるか調べてみるのも面白かろう。


  箱根路を『金槐和歌集』たづさへてわが越えくれば初島の見ゆ
  丈ひくき竹薮原の山頂に道ありて歌碑実朝の歌
  初島十国峠に歌碑はあり三代将軍実朝の歌
  冠雪か雲か見わかぬ山頂のかすみて見ゆる晩秋の富士
  手前には岩戸山見ゆかなたには靄にかすめる真鶴岬
  バスを待つ十国峠の店先は柿、栗、ぎんなん、みかん など売る
  岩に樹に注連縄はりて鎮もれり柏手ひびくひもろぎの宮
  白髪の老婆がふたりめぐり見る樹齢二千年の瘤多き楠
  希典の筆になるらし「忠魂碑」横にさびたる砲弾ひとつ
  実朝のあたらしき歌碑見つけたり湯の湧き出づる湯前神社に
  紅葉の句碑筆塚を見つけたり木蔭の庭の志ほみや旅館

  
(注)尾崎紅葉の句碑には次の句が書かれている。
      暗しとは柳に浮き名あさみどり