助詞「を」の用法
現代短歌においても助詞「を」の使い方・使われ方については、文法面からよく確認しておくことが、作歌の点でも鑑賞の上からも大切である。
先ず、三省堂の国語辞典から要約しておこう。
1.格助詞「を」: 体言またはそれに準ずる語に付く。
①動作・作用の対象を表す。
「本―読む」「「太刀が緒もいまだ解かずて襲(おすひ)―も
いまだ解かねば・・古事記」
②使役表現において動作の主体を表す。
「子供―泣かせないようにして下さい」
③移動性の動作の経過する場所を表す。
「大空―飛ぶ」「新治筑波―過ぎて幾夜か寝つる・・古事記」
④動作・作用の行われる時間・期間を表す。
「この一年―無事に生きてきた」「朝日照る佐田の岡辺に鳴く
鳥の夜泣き反らふこの年ころ―・・万葉集」
⑤動作の出発点・分離点を表す。
「故郷―離れる」「たらちねの母―別れてまこと我旅の仮廬
(かりほ)に安く寝むかも・・万葉集」
⑥希望・好悪などの心情の向けられる対象を表す。現代語では
「が」も用いられる。
「水―飲みたい」「身―惜しとも思ひたらず・・徒然草」
⑦(サ変動詞とともに用いられて)「…を…として」「…を…に
する」「…を…にして」など、さまざまな表現のしかたを
つくる。
「首相―はじめとして、大臣がずらりと並ぶ」「ひとの失敗―
他山の石とする」
⑧動詞と同じような意味をもつ名詞に付いて、一種の慣用句を
つくる。
「白真弓斐太(ひだ)の細江の菅鳥の妹に恋ふれか眠(い)―寝(ね)
かねつる・・万葉集」
「しのび音(ね)―のみ泣きて、その年もかへりぬ・・更級」
2.接続助詞「を」: 活用語の連体形に接続する。
①逆接の場合。前件と後件とが内容上相応しないような関係で、
前後を結び付ける。…のに。
「今はとてまかる―、何事もいささかなることもえせで
遣はすこと・・伊勢」
②順接の場合。前件が後件の原因・理由であるような関係で、
前後を結び付ける。… ので。…だから。
「たえて宮仕つかうまつるべくもあらず侍る―、もてわづらひ
侍り・・竹取」
③単純な接続の場合。…したところ。
「この殿、大将にても、先を追はれける―、土御門相国
(つちみかどのしようこく)、…と申されければ・・徒然草」
3.間投助詞「を」:
①文末にあって、活用語の連体形や言い切りの形、または体言を
受け、詠嘆の気持を表す。
「八雲立つ出雲八重垣妻ごみに八重垣作るその八重垣―
・・古事記」
②文中用法。
(ア)意志・希望・命令の文中にあって、詠嘆の気持ちをこめて、
語調を整える。
「生ける者遂にも死ぬるものにあればこの世なる間は楽しく―
あらな・・万葉集」
「恋ひしくは下に―思へ紫のねずりの衣色にいづなゆめ・・
古今集」
(イ)情意の対象を詠嘆的に指示する。
「紫のにほへる妹―憎くあらば人妻ゆゑに我(あれ)恋ひめやも
・・万葉集」
(ウ)〔「…を…み」の形で〕原因・理由を表す句をつくる。
…が…ので。…が…さに。
「若の浦に潮満ち来れば潟(かた)―なみ葦辺(あしへ)をさして
鶴(たづ)鳴き渡る・・万葉集」
上代からある語で、3の間投助詞としての用法が最も古いもの。格助詞・接続助詞としての用法は、それぞれ3から転化してできたもの。
次に、間投助詞としての用法について、島内景二著『作歌文法 下』から補足説明を入れておく。
間投助詞「を」を単独で現代短歌に復権させて独自の文体を創出したのが、塚本邦雄『星餐』であり、前衛短歌でこの「を」を多用したことが難解とされる一要因であった、という。
詩歌濃くふふみこの夜にただよふを桔梗の水わがこころ截る
*「この夜に漂っているのさ」
百合はみのることあらざるを火のごときたそがれにして汝が心見ゆ
*「百合は結実することがないのだなあ」