天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

短歌と「あはれ」(1/13)

はじめに
 「あはれ」という感情は、日本の詩歌のみなもとである、と言われる。とりわけ和歌・短歌において強く意識される。では、「あはれ」とは具体的にどのような感情なのだろうか。
「あはれ」の具体を辞書(『例解古語辞典』 三省堂)によって考えてみる。次のような説明がなされている。
[一](感動詞)感動したり驚いたりするときに発することば。ああ、あらまあ。
[二](名詞)➀喜び・いつくしみ・悲しみ・苦しみなどの感情。人情。➁しみじみとした気持ちをよび起こすような風情。情趣。
[三](形容動詞ナリ活用)➀感動的だ。感慨深い。しみじみと心が引きつけられる。➁いとしい。いたわしい。➂せつなく、もの悲しい。わびしい。
 歴史的に見てみると、感動詞の「あはれ」がもとになって、名詞・形容動詞の用法が生まれた。感動詞の「あはれ」は、古代神話の「天の岩屋」で、天照大神が再び姿を現した時に、天空が晴れ渡ったので、神々が「天晴」といったところから「あはれ」がしみじみとした感動を表現することばになった、という。「あはれなり」によって表現される感動、感慨や情趣などのさまざまな場合を、大づかみに見渡すには、「枕草子」の「あはれなるもの」の段が便利。
 さらに『歌語例歌事典』(聖文社) から追記しておこう。
 「あはれ」は「をかし」と並んで中古文学の代表的理念を表す語。対象を客観的、理知的、批判的に観察する態度の「をかし」に対し、「あはれ」は主観的、没入的で、後世には悲哀感が強くなる。「物のあはれ」は土佐日記初出の語だが、本居宣長が「玉の小櫛」の中で、源氏物語ひいては文学一般の本質は「物のあはれ」にあるとした。以来、平安文学の美的理念の代表として広く認められている。

 少し整理すると、「あはれ」の意味するものは、しみじみと身にしみる感慨・感動や、情趣、風情、さらには悲哀、同情、人情、愛情にまでひろがる。「もののあはれ」は、物にふれて起こるしみじみとした感情、情趣や、人間らしい情愛、また人生観照や自然から得た優美繊細な美的理念にいう。
 小池 光の解説によると、あはれにはあらゆる感情が入る。その意味できわめて便利な抒情、詠嘆のオールマイティな装置であり、あはれの場面が特殊で意表をついたところに広がるのが近・現代短歌らしい工夫といえる、とする(『岩波現代短歌辞典』)。
 この評論では、和歌短歌における「あはれ」の変遷・系譜を主要な作品や歌人の場合をたどって分析する。

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岩波現代短歌辞典