天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

漢字を詠み込む(続)

 高野公彦の『甘雨』を読み終えたが、前回の続きで歌集の終りまでで、魅力的な漢字を入れた歌を以下にあげておく。


  闘ひを踊りに変へし花四天(はなよてん)華やかにして
  さみしき日本
  *花四天とは、歌舞伎で、時代物や所作事のはなやかな
   場面に登場する捕り手や軍兵。また、その衣装。


  鳩にパンをやるのと違ふ 散飯(さば)といふならはし優し
  かりし日本
  *散飯とは仏教用語で、 鬼神・餓鬼・衆生のために、食前に
   少量の飯を取り分けて、野外や屋根の上などに置くこと。
   また、その飯。生飯とも書く。


  この世とは神の賜物 かすかなる生紐(カラザ)がありて卵が
  うまし
  *生紐は、ラテン語chalazaに、当て字したか。鳥類の卵の卵白
   の中にある紐状のもの。卵黄膜につないで卵黄の回転を防ぎ、
   胚盤が常に上になるように保っている。


  戦前に生まれし我は自助餐の麦当労(ばくたうらう)に行かずか
  経なむ
  *台湾には「自助餐」という、日本にはないユニークな形式の
   弁当屋兼食堂がどこにでもある。麦当労=ハンバーガー。


  凧の子をあまた連ねし風弾(ふうたん)ののぼりて深き一月の空
  *風弾は、凧の仕掛けのひとつ。あがっている凧のあげ糸に、
   フータンをからませると、風力でするするとあがっていく。


  風草(かぜくさ)のほとりに白き道ありぬ旅油単(たびゆたん)
  着て芭蕉すぎゆく
  *旅油単=諸道具を旅などで持ち歩く際に、汚れないようにする
       おおいをいう。
   風草=イネ科の多年草。路傍などに群生。葉は細長く、
      平らな茎から伸び、花は大きな円錐花序をなす。


  木挽町歌舞伎座舞台灯燦々青年海老蔵暫華麗
  *漢字ばかりで書いた短歌として提示した。歌集中に四首ある。


  こんこんと攀禽類(はんきんるい)が樹をたたくしづけき森に
  行きたし五月
  *攀禽類=保護鳥のほととぎすやきつつきのこと。


  麦の酒、芋の酒よし食酒(けざけ)して日々の夕餉を麗しうする
  *食酒=食事の時に酒を飲むこと。また、その酒。


  東京を経て住みつきし下総に華甲すぎたり伊予の少年
  *華甲=数え年六一歳の称。還暦。華年。


  炎天下さうめん食ひに街路樹の翳(さしは)、翳の下を歩めり
  *翳=古語。外出する貴人に後からさしかける長い柄のついた
     うちわのようなもの。


  求不得苦(ぐふとくく)寂しくあれど歌詠みてかすかに
  抜苦与楽の日あり
  *求不得苦=仏教用語で、八苦の一。求めているものが得られ
        ない苦しみ。
   抜苦与楽=仏教用語で、仏・菩薩や善行の力により苦が取り
        除かれ楽が与えられること。