短歌における〈私〉4
「本歌取り」は、危険が一杯であるが、注意深く用いれば大きな効果を発揮する。今回は、寺山修司とは別のレベルで本歌取りを多用した塚本邦雄の例を紹介する。別のレベルとは、寺山と違って、文体と思想に塚本の私性がまぎれもない。
春の夜の夢ばかりなる手枕にかひなく立たむ名こそ惜しけれ
千載和歌集・周防内侍
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春の夜の夢ばかりなる枕頭にあっあかねさす召集令状
此道や行人なしに秋の暮 芭蕉の句
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婚禮トラックぎらりと過ぎつこの道や行く人あふれつつ秋の暮
戦争が廊下の奥に立つてゐた 渡辺白泉の句
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戦争が廊下の奥に立つてゐたころのわすれがたみなに殺す
てふてふが一匹韃靼海峡を渡って行った 安西冬衛の詩
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渤海を渡り来れる蝶一頭今、門前に名告らむとして