沢蟹
エビ目カニ亜目の甲殻類の総称。世界に約5千種、日本には約千種。ほとんどが海産で、純淡水産はサワガニのみという。蟹は古事記の世界から登場する。サワガニは日本固有種で、本州以南から屋久島までに分布する。俳句では夏の季語。
原爆許すまじ蟹かつかつと瓦礫あゆむ
金子兜太
とらわれの蟹炎天を掻きむしり
小宅容義
おし照るや 難波の小江に 庵作り 隠りて居る 葦蟹を
大君召すと 何せむに 吾を召すらめや ・・・
葦蟹とは芦辺に棲む蟹のこと。これという芸も持たずひっそりと庵に隠れ棲む自分を何故大君が召されるのであろうか、と蟹は思い悩んでいる。そして乾し肉にして食べられるのだ、という結論に達する歌である。
近代の蟹の歌では次の啄木の歌が一番よく知られている。
東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたはむる
石川啄木
久しぶりに南足柄の大雄山に行ってみたが、この時期はもっとも色彩に乏しい。山道で沢蟹に出会ったので、表題に取り上げた次第。
秋逝くや銅鑼うち鳴らす大雄山
大杉の木立を移る笹子かな
砲撃の音とどろけり秋ふかむ大雄山の木立震へる
演習と思へど不安つのりけり山越えきたる砲撃の音
秋ふかみ色素抜けたる沢蟹が大雄山の参道過ぎる
草叢を笹子の声のうつりけり大雄山の杉の朝光
草刈を休みて置ける鉈鎌のにぶき光を裏庭に見る
千羽鶴かかりて黒き石地蔵尼の火定の跡に手合はす
足音に逃ぐるを止めし沢蟹が鋏ふり上ぐ山の参道
江戸の世の植林といふ大杉の木立小暗き朝の参道