天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

雪の円覚寺

円覚寺山門

 今年の節分は大雪になった。午後から短歌人・横浜歌会があるので、いつものように昼前の一時間を雪の円覚寺で過ごした。老人の写真愛好者が大勢来て、あちこちにカメラを構えていた。


      霏々と降る雪の山門円覚寺
      闇ふかき雪の舎利殿立ち尽くす
      梅の花が耐へたる雪の嵩
      父が先ず作ってみせる雪だるま


  方丈の蔀戸(しとみど)一つ開けてあり雪を眺むる奥の三尊


 節分になるといつも柊とイワシの頭のことを思う。広島の田舎に住んでいた幼い頃、牛小屋の柱だったかに結び付けられていたのを見たかすかな記憶がある。邪気の侵入を防ぐためのおまじないだった。柊を詠んだ歌を二首あげておく。

  柊の硬葉の垣に手をふれてあゆめば幼き日の夕ごころ
                    上田三四二
  空き家となりてひひらぎ咲きゐしが委しく知らむことを願はず
                    大西民子

この大西民子の歌には、心ならずも夫と離婚した後の微妙な心境が表れている。