塚本邦雄と椿(2)
中国では、椿に対して海石榴という字を当てることは既に述べたが、塚本は、この逆輸入の字もよく使う。また、「椿姫」「椿説弓張月」などの合成語、寒椿、藪椿、侘助、西王母 などの種類が出て来る。前回に続き、ここでは還暦以降の序数歌集から一首づつ紹介しておく。
等身の一樹の椿咲きみてりいま凶報のほかなに待たむ
『天變の書』
下僕ひとりのゆくへいまさら飛火野に椿咲きたり椿落ちたり
『豹變』
一片のわが漆黒のこころざし童女海石榴(つばき)の下にほほゑむ
『詩歌變』
銀婚の式はなさねど侘助のたけをこえたる総領息子
『不變律』
白侘助一枝ささげむ晩年に香車(きやうしや)となのり秀句(すく)
を投じき 『波瀾』
今生は明日待つことの重なりに白うるむ加茂本阿弥椿
『黄金律』
父よあなたは弱かつたから生きのびて昭和二十年春の侘助
『魔王』
ミケランジェロの醜貌をわが唯一のよろこびとして 雨の侘助
『献身』
落椿流れにさからはむとして泡立てりその真紅のちから
『風雅黙示録』
椿一枝ぬつと差出し挙手の禮嚇(おどか)すなこの風流野郎
『泪羅變』
侘助ひらかむとして臘月「大東亜戦争」の「大」ほとほと憎し
『詩魂玲瓏』
他者の死に支へられつつわれに落ちくるは血紅の侘助椿(わび
すけ)の花 『約翰傳僞書』