菖蒲―短歌編―
和歌では菖蒲と書いてアヤメと読んだ。つまりアヤメと詠まれたのは菖蒲を詠んだのである。つくづくややこしい。よってここでは和歌の例を省略する。
菖蒲一束わがしかばねをおほはむに恥づ人殺し得ざりしこの手
塚本邦雄
紫に咲ける菖蒲の一ところ花明かりして墓地へと続く
神作光一
雨後の風まとふ女の首すぢの静けさみせて白菖蒲ゆるる
渡辺真佐子
菖蒲田は花咲く前のしずもりに千よろずの蕾の緑のたぎち
青柳節子
うす赤き茎匂ひたち菖蒲湯にをのこ子ひとり浄められゆく
小宮山久子
参考までにかきつばたとあやめの現代短歌を二首ずつ以下にあげる。
うす紫のかきつばた佇つぐったりと花垂れてなお雨を耐えつつ
栗明純生
かきつばたのふかしぎのかたち死のかたちに通へるかいなか
業平に問はな 水原紫苑
夜の暗渠みづおと涼しむらさきのあやめの記憶ある水の行く
高野公彦
水苑のあやめの群れは真しづかに我を癒して我を拒めり
高野公彦
[参考]アヤメ科の多年草で、やはり五月頃に咲く「いちはつ」がある。漢字では鳶尾、一八などと表記。原産地は中国で,江戸時代に渡来した。花の中央部にとさか状の突起があるので見分けがつく。次の子規の歌はよく知られている。
いちはつの花咲きいでて我目には今年ばかりの春行かんとす
正岡子規
この母に置いてゆかれるこの世にはそろりそろりと鳶尾が咲く
河野裕子