雁(3)
雁風呂(がんぶろ)という伝説と風習がある。雁供養とも言う。日本に秋に飛来する雁は、木片を咥えて来て、途中の海上で木片を浮かべてその上で休息をとる。日本の海岸に近付くと不要になるので、そこに置いて各地に飛んで行く。そして春に北に帰るとき、再びその木片を咥えて帰ってゆく。だが、その季節がすぎても木片が残っていると、雁が死んだことを意味する。そこでそれら木片を集めて風呂を焚き旅人などに提供して供養としたのである。
雁の枕詞には、「あまとぶや」と「とほつひと」のふたつがある。現代ではほとんど使われていないが、次に万葉集から一例ずつあげておく。
あまとぶや雁のつばさの覆羽(おほひば)のいづく漏りてか
霜のふりけむ 万葉集
今朝の朝明(あさけ)秋風寒しとほつひと雁が来鳴かむ時
近みかも 万葉集
ひとつらの雁のわたれる空蒼く西に凶器を納めゆきたる
宮岡 昇
はつかりのはつかに見えしくれなゐは汝(な)がうつしみの
いづこともなし 水原紫苑
ゆふつ野にかりがねは春のはばたきすああいくつある心の
つばさ 坂井修一
雁来月風は雁渡しはろばろと雁が持て来し秋草のいろ
山埜井喜美枝
虫の音(ね)のほそる夜ごろを雁(かり)の群れ渾円球(こんえん
きう)のそらを渡り来 高野公彦