天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

雨のうた(11)

小学館刊行

 高橋順子(文)・佐藤秀明(写真)『雨の名前』という本が手元にある。この本は、日本における雨の名前がいかに多彩かを示している。日常ではあまり聞き慣れない例を次にあげる。但し歌の例はほとんど無い。
 梅若の涙雨: 謡曲隅田川」の主人公梅若丸の忌日とされる
       陰暦三月十五日に降る雨。
 蛙目隠(かえるめかくし): 新潟県東蒲原郡に伝わる言葉。
       農作業が始まる頃に降る雨。
 甘雨(かんう): 草木にやわらかく降りそそぐけぶるような雨。
 木の芽雨: 木の芽どきに降る雨。「木の芽起こし」「木の芽流し」なども。


  万年前に降りにし雨が湧きいづる四十度を越す湯水
  となりて              春日井 建


  洪水のはじまりとして一粒の雨が誰かをすでに打つたか
                     香川ヒサ
  雨のむかうに透けて見えゐるその町は何とさびしく雨が
  降りゐる               河野裕子


  結局は空へ帰りたい雨だ水たまりの中の空をノックす
                    久保田幸枝
  僅かなる窪みにも雨はたまれるか車次々はねあげて過ぐ
                     神作光一
  花ふたつ全くひらき暁の雨をたたへし浄きしづまり
                     小暮政次
  草の上降り渡りゆく冬の雨音なきものの音も聴くべし
                     扇畑忠雄
  まっすぐな雨には勁き腰ありて負けないように傘たて直す
                    鷲尾三枝子
  花咲かせすべてを散らす大仕事了へし桜に甘雨(かんう)
  ふりをり               高野公彦


[注意]この「雨のうた」シリーズでは、「春雨」「五月雨」「時雨」などを含めていない。古典和歌や江戸俳諧には大変多く詠まれているので、別の機会にあらためてとり上げることにしたい。