わが歌枕―那須野(殺生石・遊行柳)
白河の関から北が陸奥と言われたが、その手前の那須野には、殺生石や遊行柳の名所がある。那須湯本温泉の源泉となっている「鹿の湯」の西方に、山肌がむき出しで草木の絶えた谷あいがあり、この奥に殺生石がある。殺生石の周辺からは、硫化水素や亜硫酸ガス、砒素などの有毒ガスが噴出し、昔ほどではないと言われるが、今でも異臭のするガスが吹き出している。
『奥の細道』には、「殺生石は温泉の出る山陰にあり。石の毒気いまだほろびず。蜂蝶のたぐひ真砂の色の見えぬほどかさなり死す。」とある。
野を横に馬牽むけよほとゝぎす 芭蕉
殺生石からは南方に当るが、室町後期に、観世信光は、西行が那須・芦野で詠んだ次の歌の柳を主題にして、謡曲「遊行柳」を創作した。これにより一挙に歌枕として世に知られるところとなった。
道のべに清水流るる柳かげ しばしとてこそ立ちどまりつれ
西行『新古今集』
田一枚植えて立ち去る柳かな 芭蕉
柳散 清水涸 石処々 蕪村
(やなぎちり しみずかれ いしところどころ)
秋ひそむ遊行柳の下蔭に
那須野原殺生石の谷間(たにあひ)をめぐれば苦し
ガス噴き出づる
異臭たつ殺生石の谷間に宙を駈けゆく九尾の狐
西行と芭蕉の跡を残したり遊行柳の下の歌碑句碑
歌枕「遊行柳」を訪れて西行芭蕉の影をしのべり