天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

雪の詩情 (1/2)

春の雪(舞岡公園にて)

  体温計くわえて窓に額つけ「ゆひら」とさわぐ雪
  のことかよ      穂村 弘『シンジケート』

雪の語源(漢字の意味と日本語の読み)を考えさせられる歌である。現代漢字の「雪」は略字。元の古代漢字は、雨+ 彗で成り立っている。雨は天から水の粒が降っている様子を、また彗は手でほうきを持っている様子を表す。つまり、「雪」は彗(ほうき)ではける雨のことを意味している字なのである。次に、雪を「ゆき」と読むようになった由縁には、諸説ある。
➀「神聖であること」「いみ清めること」を意味する「斎(ゆ)」に、「潔白(きよき)」の「き」が付いた語 ➁「潔斎(けっさい)」を意味する「斎潔(ゆきよし)」からきた、等。
雪は伝統的に日本の詩歌の冬の景観の重要な要素となっている。『万葉集』では一五五首ほどが詠まれている。『古今集』や『新古今集』では冬の季語で「雪」の頻度が最も高い。
ここで中国の漢詩が和歌に与えた影響を「雪」について触れておこう。『万葉集』には、白雪、霜雪が出てくるが、これらは先行する『玉台新詠』や『文選』に詠われている。平安時代になってからは、白居易(「香爐峰の雪・・」は枕草子に引用)などがよく知られていた。なお、中国では雪の結晶の形に注目して、雪を「六花(りっか)」とも言ったが、わが国にきて「むつのはな」と大和言葉に変換されている。
次に時代による雪の捉え方を、『岩波現代短歌辞典』「雪」の項(馬場あき子解説)をベースに要約しておく。
古くから大雪の年は豊作になるという信仰があり、雪は吉事の象徴であった。万葉集の掉尾の歌以外に次の歌もある。
  新しき年の初めに豊の年しるすとならし雪の降れるは
                万葉集・葛井諸会


平安時代から中世へかけての歌語「雪」は、勅撰集の冬の部の大きな主題として定着し、多様な美の表現に詠われた。雪を桜の花とみなすあるいは逆のことが盛んになった。
  山ふかみ春とも知らぬ松の戸にたえだえかかる雪の玉水
                   式子内親王
近世の「雪」では、歌材や場にいかにも庶民的な人情の面白さや生活実感が加わる。普及した俳諧の影響も考えられる。
  たのしみは雪ふるよさり酒の糟あぶりて食ひて火にあたる
  時                 橘 曙覧
近代の「雪」には、西欧の文芸、思想、風俗の影響を受けて、時代を画した変貌がみえる。次の歌などその典型。
  君かへす朝の舗石(しきいし)さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ
                    北原白秋


[注]本文は、「古志」2012年12月号 に掲載されたものです。