鳰と狼(8/11)
(3)エロスの句性は生物の命の根底にあるもので、どの分野においても避けて通れないテーマである。ただ、宗教、法律あるいは生物学上の禁忌から、あからさまな表現は慎むのが良識とされる。そうした性愛感情の作品をとりあげる。
[澄雄]間接的で優雅な表現
早乙女の股間もみどり透きとほる 『花眼』
田植えの情景。足を開いて苗を植えている早乙女の股間から植え終った苗が見える。
雪夜にてことばより肌やはらかし 『花眼』
雪の降る寒い夜は、ねぎらいの言葉よりも温かい肌の柔らかさが一層身に沁みる。
只の顔して冬のはじめのほとの神 『花眼』
女陰を露わにした埴輪や道祖神は、豊穣への祈りであった。恥ずかしい表情などなく、只の顔をしている。現代人には、気になるところだが。
春昼のとりかこまれて白襖 『白小』
逢引茶屋の一室で男女が寝ている浮世絵の情景を想わせる。澄雄によれば「春昼」だけから中句下句の世界をイメージしたという。丸谷才一が芸の極致と褒めたという。
[兜太]直接的で生々しい表現
華麗な墓原女陰あらわに村眠り 『金子兜太句集』
野母半島の貧しい漁村に行った時。イワシ漁がだめになっていた。性欲だけで生きているという感じが村に漂っていた、という。墓だけは華麗であった。
唾粘り胯間ひろらに花宴(はなうたげ) 『暗緑地誌』
古代の歌垣の場面か。男たちの気を引くように女たちは股間をみせているようだ。澄雄の「早乙女の股間もみどり透きとほる」との違い。
麒麟の脚のごとき恵みよ夏の人 『詩經國風』
夏衣から見えている女性のすらりとした肢体に、野生的なエロスを感じたのである。
蟹漁期月にわびしや妻の陰(ほと) 『詩經國風』
蟹漁は重労働で、この期間は男は疲れ果てるという。月が出てすでに男は寝てしまった。肌恋しくて眠れない妻のわびしさ。蟹が生臭く臭っている。