天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

月の詩情(10/12)

三日月

□旅行詠
 昭和十五年に朝鮮半島経由中国大陸に旅行した。
     春耕の鞭に月まひ風ふけり          『白嶽』
  満州の大地を農夫の鞭に従って馬が耕している黄昏時の情景。
 鞭に月が舞いあがるような景色の表現が新鮮。
     東風の月禱りの鐘もならざりき     『白嶽』
  「はるぴんにて」有風邸。精神的に荒涼とした情景が浮かぶ。
     月さして馬車の鈴の鳴りつづく        『白嶽』
  「錦州にて」の内。月光と鈴の音の組合せが幻想的ながらリアル
  でもある。
     旅舎の窗遅月さしてリラの花         『白嶽』
  「古都北京」Yホテル。ライラックの花と遅月の取合せが、古都北京によく合う。
     燭光に月かげかはす鴉片窟          『白嶽』
  「古都北京」陰湿なる陋巷二句の内。阿片窟のともし火と月の光の取合せが、
 幻想的な頽廃美を醸し出している。大陸の旅では底の生活まで見てきたようだ。
     河港の帆昏れつつ楡の月病めり        『白嶽』
  「楡と河港」の内。座五「月病めり」は、世情に対する蛇笏の感性の表現である。
     三日月は砂丘にリラの花あかり        『白嶽』
  「戦跡巡拝」の内。砂丘の空に三日月がかかりライラックの花が少し明るんでいる。
 次に国内旅行での作。東にも西にもよく出かけた。
     月うすき東大寺みち春の夜       『旅ゆく諷詠』
  昭和十年作。広々とした東大寺の境内がイメージされる。
     風あらぶ臥待月の山湯かな         『山響集』
  昭和十四年作・白骨温泉。臥待月は陰暦八月十九日の月。風が荒ぶと月は更に
 皓皓と山峡を照らす。