時の移ろいー朝・昼・晩(4/4)
夜、小夜、夜中、夜半、真夜
「よる」の「よ」は、「他の」とか「停止」を表す語。「る」は「状態」を表す語。よって「よる」は「他の状態(昼でない状態)」を意味するようになった。小夜の「さ」は、接頭語。
昼見れど飽かぬ田児(たご)の浦大君の命恐(みことかしこ)み夜見つるかも
万葉集・田口益人
*「昼に見ても見飽きない田児の浦を、大君の命を尊んで旅するまま来て、夜に見る
ことになったなあ。」という意味。旅の途上で夜の田子の浦にたどり着いたのだ。
秋萩も色づきぬればきりぎりす我がねぬごとや夜は悲しき
古今集・読人しらず
*「秋萩も色づき、私が悲しく夜も眠れないように、コオロギも夜は悲しいの
だろうか。」
むばたまのよるのみ降れる白雪は照る月かげのつもるなりけり
後撰集・読人しらず
たましいの崩るる速さぬばたまの夜のひびきのなかにし病めば
岡井 隆
わが背子を大和へ遣るとさ夜深(ふ)けて暁(あかとき)露にわが立ち濡れし
万葉集・大伯皇女
*これはよく知られた悲しい歌。天武天皇が亡くなった後、謀反の疑いをかけられる
と感じた大津皇子は大和から、伊勢神宮に仕える姉の大伯皇女に会いに行った。
大伯皇女は彼を大和に帰らせるしかなく、弟の運命を感じつつ朝露に濡れ見送った
のである。大和に戻った大津皇子は、捕らわれ自害させられた。大和へ帰らせること
を決心するまでの悲しく苦しい時間経過が思われる。
さよふけて風や吹くらむ花の香の匂ふここちの空にするかな
千載集・藤原道信
澄みとほる小夜の雉子(きぎす)のこゑきけば霜こごるらし笹の葉むらに
北原白秋
一人(ひとり)こそ安らかなれとわが言ひしこと夜中となりて妻は言ひ出づ
柴生田稔
この夜半(やはん)まがまがしきを閉ぢこめて四角のテレビ朝まで四角
前川佐十郎
男ひとりノンフィクションより落ちこぼれ夜半にまさぐる電灯の紐
大島史洋
卓上の灯(ひ)を大輪に咲かしめて夜半を生くる刻(とき)のさびしさ
篠 弘
眞夜ひとり湯浴みしおればほろびたる星さんらんの輝きぞみゆ
坪野哲久
真夜中をうつむきて咲く白椿 父のさびしさに触れしことなし
内山晶太
おわりに
日本語の表現の多様性をまざまざと見ることができた。日本語以外の言語の詩で、ここに挙げたようなさまざまの情景を表現した作品は、無いであろう。それだけに和歌を他言語に翻訳することは、ほとんど不可能ではないか。