短歌と「あはれ」(10/13)
その他に、次のように「あはれ」を続ける例も数首ある。茂吉から学んだのであろう。
女(をみな)とふ摩訶不思議と一つ家(や)に棲みふりにつつあはれあはれあはれ
『人生の視える場所』
北風の老いを援(たす)けてあはれあはれM駅新設エスカレーター
『神の仕事場』
垂線を垂れたる水にあはれあはれ水を嫌ひな指を打たせる
『大洪水の前の晴天』
さらに、塚本邦雄と同様に、一首内に「あはれ」が離れて複数ある場合がある。
たたかいのおわりしあきに熟(う)れいたる精巣あわれ、卵巣あわれ
『土地よ、痛みを負え』
あはれ深かれよあはれみふかくあれあはれあはれみを産み続けよかし
『ウランと白鳥』
なお、『天河庭園集』(1978) までの歌集では、新仮名遣いになっている。それより後の歌集では、旧仮名遣いである。
岡井 隆は、感動詞としての「あはれ」とは別に、「ああ」「あな」という感動詞も多用した。次のような例である。
ああわが耳狂い野路子(のじこ)の声を聞く冬葱(わけぎ)のうねに踏み入る地鳴き
『斉唱』
のぼりつめて宙に肢(あし)ふる飛(は)蟻(あり)あり唐突にああ挫折の予感
『土地よ、痛みを負え』
養老を雲包むかなあな怪し大島もぼくも父がアララギ
『神の仕事場』
あああな憂(う)うち曇りつつ表(おも)て明け〈少数意見(マイノリティ)〉に桐油塗り
『神の仕事場』
ああ首都圏わかれわかれに棲みながら稀に会ひつつ肉食ふあはれ
『大洪水の前の晴天』
29歌集(全歌9,773首)中に41首(0.4%)分布している。これに「あはれ」を入れた感動語の使用頻度は、2.4%に達する。新古今集の2.7%に次ぐ状況になる。