天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

食のうたー櫂未知子『食の一句』(1/6)

 櫂未知子『食の一句』(ふらんす堂)は、2003年1月1日から12月31日の間、食の句を一日一句取り上げた本である。その「あとがき」に次の一節があり、作者の考えが分かる。

「俳句は、食べ物が作品のメインになり得る稀有な詩型である。「食べる」というごく日常的な行為がそのまま詩となる、そんな文芸は滅多にあるものではない。」

 このシリーズでは、各月から五句程度を選んで紹介したい。各句の詳細な解説は元の書を参照していただきたい。

 

 一月の句から

     賑やかを持てきし人や切(きり)山椒(ざんしょう)       星野立子

*切山椒: 山椒の汁と砂糖を混ぜて搗(つ)いたしんこ餠を細長く切った菓子。正月のお茶うけに出される。

 

     大皿の鮓(すし)の出前や松の内         中村楽天

     やぶ入(いり)の夢や小豆の煮(にえ)るうち         蕪村

*やぶ入: 江戸町人の間で,商家に勤める奉公人たちが,1月と7月の16日に,休暇をもらって,家に帰る休日のこと。この句では、休暇をもらって実家に帰ってきた若い奉公人が、小豆を煮る母のそばで眠って夢をみている情景。安堵感と幸福感。

 

     湯豆腐やいのちのはてのうすあかり      久保田万太郎

     鮟肝(あんきも)喰ふ風の四角な裏街に       熊谷愛子

 

 二月の句から

     約束の寒の土筆を煮て下さい          川端茅舎

     のれそれを啜(すす)りて寒の終りけり      矢島渚男

*のれそれ: マアナゴの稚魚。全長6センチ前後。体は透明で細長い。食用。

 

     生牡蠣の咽喉(のど)もとすべる余寒(よかん)かな    鈴木真砂女

     来ぬ人や火食(かしょく)に春の鳥や魚         宇多喜代子

*火食: ものを煮炊きして食べること。この句では、来ない人のことうぇお思いながら、春の鳥や魚を煮たり焼いたりして食べている情景。

 

     たんぽぽのサラダの話野の話          高野素十

 

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櫂未知子『食の一句』(ふらんす堂