住のうたー家・庵・宿(6/14)
幼き日わが住みし家残りゐてその家のまへ妻と過ぎにき
安田章生
この家ぬちわれがうごくも背(つま)がうごくも何かさやさやうたへる如し
若山喜志子
*家ぬち: いえのうち、屋内。 背(つま): 夫(牧水)を差すだろう。
ひそけかる家のいづくにか老い妻のありとし思ふ深き安らぎ
太田青丘
*ひっそりと静まる家のどこかに妻がいてくれる、と思うだけで安らぐ。老いた二人の生活における男の実感としてよくわかる。
あらためて眺めてあればこの家に用途知らざるパイプが通る
本土美紀江
だれもいぬ家に帰りてわが立つとかすかにもののくずれる音す
池本一郎
木の家に石の男と棲みつきて秋冷の夜の豆を煮てゐる
小畑庸子
*「石の男」とは、夫のことだろうか。なんとも寒々とした光景に見える。
家を売らむと語りいる夜音のなき川の流れは戸の隙に見ゆ
安部洋子
この家を救わんとして蜂たちや燕たちは驟雨(あめ)ののち来も
上野久雄
文鳥の籠おそふ猫を追ひしのみ安しこの昼わが家にして
コスモスの花が明るく咲きめぐり私が居らねば誰も居ぬ家
外に出て鍵をかけたるわが前に家はゆふべのくらやみの箱
岡崎康行